深を知る雨




「おかえりなさぁい」


部屋に入ると、麻里がソファで寛いでいた。

部屋に帰ったらこんなエロ可愛い女の子がいるとか私はラノベの主人公か?


「ただいま!」
「楽しかったぁ?相模くんの誕生日パーティー」
「うん、麻里も来れば良かったのに」
「嫌よぉ。相模くんと仲良しごっこなんてしたくないしぃ、めんどくさいしぃ」


……ほんと冷めてるなぁ、幼馴染みに対して。

いや、麻里と遊は幼馴染みとはちょっと違うか。


「麻里さー。もし遊に敵国のスパイ疑惑かかったらどうする?」
「は?何?あの人スパイなわけぇ?」
「違う違う!例えばの話!遊じゃなくても、ちっちゃい時からずっと知り合いな人間がスパイかもしれないってなったら、どうする?」
「……そーねぇ。相模くんに関して言えば、直接確かめるかもしんないわねぇ。“あなたスパイ?”って」
「えっ聞くの!?」
「それでもしほんとにスパイだったら、興味本意で更に理由を聞くわぁ。“何で売国してるの?”ってね」
「……そんなあっさり、聞いちゃうんだ」
「だって正直どうでもいいもの、相模くんがスパイだろうがそうじゃなかろうが。スパイだったとしても、あの人ならまともな理由があるんだろうってことくらい分かるしぃ」
「……」


そう、か。その通りだ。

もし泰久や一也が敵国のスパイだったとしても、理由があるに決まってる。

あの2人がスパイじゃないってことを頑なに信じるんじゃなく、理由があるであろうことを信じよう。


「……麻里、私ちょっと行ってくるね」
「どうせまた一ノ宮さんのとこでしょお?」
「……う、うん」


あれから、泰久とは毎日ハグするようになった。

この関係を何と呼んでいいのか分からないが、泰久が私の欲求不満を解消しようとしてくれていることだけはガッツリ伝わってくる。

同居している麻里――私と同じく泰久に恋してる麻里にはこんなこと言えなくて、Sランク寮へ行く時は必ず“一也のとこ行ってくる”とだけ言う。

いや、分かってるんだよ。狡いってことくらい分かってるんだよ。泰久の善意を利用して恋敵と差をつけちゃってるのは分かってるんだよ。

……でも、今だけだから、許してほしい。

最後の思い出として、少しくらい。



今戻ってきたばかりの部屋から出て、外へと向かう。

気のせいか先程よりも雨が強くなっていた。

……聞けばいいんだ、あの2人に、直接。

スパイですかって。




 《21:30 Sランク寮》


「……何してるんです?」


誰もいないSランク寮に勝手に侵入し一也の部屋を勝手に使っていた私を見て、今帰ってきたらしい一也は不可解そうにした。

ただ部屋にいるだけならまだしも、今の私は鏡の前で下着姿になっているのだから当然だ。


「ちょっと早めに来ちゃって、色々考えてたら可愛い下着買った方がいいような気がしてきて、今通販で買ってロボットに持ってきてもらったんだ」
「はあ……。こんなに買ったんですか」
「下着ってよく分かんないし、一気買いすると安かったから」
「“色々考えてたら”ってなんなんです?どうしたらそんな突発的に下着を買いたくなるのか理解できません」
「それがさ…………、実は、こないだ泰久に押し倒されたんだよね」
「は?」
「酔ってたからだし未遂なんだけど、今後はいつ押し倒されてもいいように下着可愛いのにしなきゃって思って。だめかなぁ!?男の目から見てどう!?準備万端すぎて引く!?」
「いえ、そんなことはないですが……」


今日泰久は海軍の方に行っていて、帰ってくるのが遅い。


それまでに下着を可愛いのにしておかなければ。

って私は何期待してるんだ。


「……あの野郎、ついに手ぇ出したか」


一也がぼそりと何か言ったが、いつもの如く独り言らしくうまく聞き取れない。


「あなたが僕を責めなかったのはそういうことですか。僕が哀花様の尻軽っぷりを伝えてしまったことにより、結果的にうまくいったんですね」
「尻軽っぷりて……」
「それにしても、泰久様があなたを襲うとは意外です。泰久様は確かグラマーな女性が好きだと言っていたような……。幼い体型のあなたとは真逆のタイプが好みだと」
「えっ!?ま、マジで!?泰久グラマー好きなの!?ああ見えてムッツリなんだね……」
「ええ、そうですね」
「やっぱりムッツリーニだ……」
「イタリィの政治家はムッソリーニですよ」
「分かってるってば!分かったうえでの冗談なの!」


グラマー、グラマー……でも、お姉ちゃんはそこまで肉感的な体つきではなかったような。お尻の形はセクシーだったけど、胸は大きすぎず小さすぎず、どんな服も似合う細身の体型だった。

でもまぁ、泰久にも好みというものがあるのなら、そこに少しでも近付きたい。

なんかないかな、と数々の下着の中を探していると、いいものを見つけた。


「一也一也!このブラ、ふっくら谷間ができるんだって!」
「そうなんですか。では、本当にできるのか試してみてはいかがですか?今ここで」
「うん!」


張り切って今度はそのブラを着用してみると、本当にふっくら谷間ができ可愛い感じになった。お、おお……。


「色、こっちの方がいいんじゃないですか?」
「えーそうかなぁ?私こっちの方が好きだけど」
「女が可愛いと思うものと男が欲情するものは違いますよ。一応こちらも着てみては?どちらがいいかは、男である僕が判断して差し上げます」
「お、おお。あざーっす!」


促されるまま先程とは違う下着を着てみた。

私はさっきの色の方が可愛いと思うけど、確かにそれは単なる私の趣味だもんなぁ。男がどう思うかは分からない。


「ああ、そのタイプならそっちの色の方がいいですね。でも、念のため他のタイプも試してみます?」
「……試した方がいいかな?」
「ええ、もちろん。では、比べるのでこちらも着てみてください」
「う、うん…」


……今思ったけど何で私は一也の前で下着ショーしてるんだろう?

そんな疑問を感じながらも別のタイプの下着を着用すると、ぱしゃりと写真を撮られた。


「何で撮る!?」
「男にはこういうものが必要な時があるのですよ。こうすれば哀花様を好きな時に視姦できます」
「言い方!」


何やら変質的な一也に散々色んな下着を着させられ、ある下着を着た時ようやく一也がふむと頷いた。


「それですね。それが1番そそられます」
「そっか。じゃあこれに、」
「――では、頂きます」
「え!?ちょ、ちょちょちょ一也!?」
「気付きませんでした?僕好みの下着を着せていただけですよ。哀花様は本当に馬鹿ですね」
「酷い!」


じゃあ泰久がグラマー好きってのも嘘か!

今思えばあの泰久が一也に対してそんな発言するはずないわ!

泰久がいないことで寮とはいえヤる気満々らしい一也にベッドに押し倒され、思わずその手を制止した。


「ま、待って待って待って一也」
「はい?」
「も、もうこういうことやめない?」
「……は?」


一也が怪訝そうに眉をひそめる。

そりゃそうだ。一也と一線を越えたあの日から、一度たりともこんなことを言ったことはなかったのだから。


「…今ね。泰久が、私の欲求不満解消のために頑張ってくれてて」
「泰久様と既に体のご関係が?」
「いや、未遂だったけど!そういうのじゃなくて……、触れ合い、って言うのかな。そういうのをしてくれるようになって」
「そういうのそういうのって何ですか。全く分かりません」
「うがあああとにかく!もうエッチはしない!」


体の関係を切れとハッキリ言われたのは小雪に関してだけだけど、だからと言って一也とするのも、欲求不満を解消しようとしてくれている泰久に悪い気がするのだ。


「…………分かりました」


すっと一也の温もりが離れて行き、私も何とか上半身を起こす。

ベッドの隅に座る一也の背中が妙に小さく見えた。


「……あ、でも、それはだめか!雪乃とシない代わりに私とシてって頼んだんだもんね!私がシないと雪乃とシちゃう?」
「何ですか、人を飢えた獣みたいに。元よりあなたがするなと言うなら澤雪乃ともしませんよ」


はぁ、と一也が溜め息を吐くのが分かる。


「……ごめんね?一也、セフレいなくなっちゃうね」
「構いませんよ。どうしても必要になれば超能力を利用してその辺の女を使います」
「うわっ……」
「何引いてるんですか。僕がこういう人間だと知らないわけじゃないでしょう」


何だかこちらを突き放すような言い方だ。

……スパイ?なんて聞ける空気じゃなくなっちゃったなぁ。


「……あのさ」
「はい」
「私に教えられないなら、教えられないでいいけど。ちょっと気になっちゃってさ」
「何ですか」
「……一也さ」
「ええ」
「――――中国で何やってるの?」




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