深を知る雨
聞かれたくなかったことなのだとすぐ悟ってしまうくらい、分かりやすい沈黙が走った。
それは数秒のことだったかもしれない。でも私には、とてもとても長い時間に感じられた。
一也と私の仲ならきっと何でもあっさり答えてくれると、少しだけそう思っていたのかもしれない。
けれどその重い沈黙は、一也が中国でしていることは、一也と私の仲でもなかなか言えないような事柄であることを伝えてくる。
耐え切れなくなってやっぱ何でもない、と言おうとした私より先に、一也が口を開いた。
「どうして気付いてしまうんでしょうね、貴女は」
声が。
いつもの一也のものではないように感じた。
振り返った一也の顔も。
まるで一也ではないかのように見えた。
誰だと。
お前は誰だと、聞きたくなった。
「戦争が始まるまでは、このままの日々を送ろうと思っていたのに」
ぎしりと。
知っているはずの知らない一也が私の方へ近付いてくる。
するりと。
その指が私の首筋を這う。
ちくりと。
首筋に痛みが走った後、それが最新式の麻酔針であることを、私は遅れて悟った。
「―――――――おやすみなさい、哀花様」
外に聞こえる雨音は、
お姉ちゃんの死でとっくに壊れていた私たち幼馴染みの関係が、
がらがらと崩壊していく音だった。
《22:00 隊長室》羽瀬side
ドアのロックが勝手に解除された時、私はてっきりまたいつもの彼女だと思った。
彼女は度々こんな時刻にふらりとやってきては私の不倫をからかうか軍に関する真面目な話をして帰っていく。
だから今夜もきっとその流れだと思ったのだが――そこに立っていたのは、管理人を操ってドアを開けさせたであろう、Sランク隊員の一ノ宮一也だった。
……なにか、様子がおかしい。雰囲気が、いつもの一ノ宮ではないように感じられた。
「……どうした?こんな時刻に」
何故勝手に入ってきたのかを聞くべきところだが、緊急の用事かもしれないので取り敢えず先に用件を聞く。
「いえね?本来ならこういう時、能力を使ってどうとでもしてやるところなんですが、お世話になっている隊長相手にそんな手荒な真似はしたくなくて」
一ノ宮は私の下顎底に銃口を突き付け、薄く笑った。
「穏便に、“話し合い”でお願いを聞いてもらおうと思っているんです」
……これのどこが話し合いだ?
今はBランク以上の超能力を持ち合わせていないとはいえ、過去にAランク能力者だった私に、一ノ宮の能力は効きにくい。
だから脅しで言うことを聞かせたい……ただそれだけだろう。
「サイバー攻撃対策課を機能させてください。今後彼女の能力には一切頼らないで頂きたい」
「……彼女に、何かあったのか」
「さぁ、どうでしょう。……ただ、」
銃を私の下顎底に食い込ませ、一ノ宮は可笑しそうに――――いや、嬉しそうに言う。
「あの女はもうこの国には戻って来ねぇよ。死ぬまでな」
その日、千端哀は日本帝国から姿を消した。