深を知る雨


 《6:00 Aランク寮》遊side

隊長に犯罪をさせるほど影響力があり、大きな会社を僅か数分で乗っ取ることができ、この国のためなら手段を選ばない。お人よしの善人というわけでもない。そのうえ、薫とやり合えるほど喧嘩に強い。………ますます分からんなぁ。

軍人の訓練と喧嘩は違う。Eランクといえど、訓練だけで身につけたものではないだろう。おそらく個人的に練習したのだ。

チビのことを考えながら着替えていると、楓が上から下りてきた。

「里緒はどんな感じなん?」
「さっき目を覚ましてご飯を食べたわ」

そうか、目ぇ覚ましたんか。何か声を掛けたいが、いきなり話し掛けたらまたビビられるだろう。チビには電話から始めてみろと言われたが、俺は里緒の連絡先を知らない。俺は近くにあったメモ用紙を使って“調子はどうだ”と書いた。

内容はどうでもいい。とにかく里緒とコミュニケーションを取る努力をしよう。

「これ里緒に渡しといてくれへんか」

楓にそのメモ用紙を手渡し、少し考えてからもう1つ必要なことを頼む。

「それと…今後はできればオフの日もここに来てほしい。あいつ、お前おれへんかったら頻繁に暴走すんねん」
「…はあ!?何でもっと早く言わないのよ」
「悪い。心配させとうなかった」
「おかしいと思った!部屋が散らかってる理由聞いてもはっきり言わないし……やっぱりあれ、里緒の能力だったわけ?」
「……すまん」
「すまんじゃないわよ!!」
「うぐっ」

女とは思えない力で腹にパンチしてきた楓は、苦しがる俺を見てふんっと鼻を鳴らす。

「それくらいさっさと言ってよね。あたしがバイト感覚でこんなことやってるのもあたし達がお金で繋がってる関係なのも確かだけど、殺害許可出るくらいだったら無償でも協力するわよ」

楓を性欲処理の道具として扱ってしまっている以上、楓のことを友達と呼ぶのはおこがましいかもしれない。しかし、俺や薫と楓の間に、事務的ではない何らかの関係があるのは確かだった。そしてそれは、楓がこういう人間味のある性格だからこそ成り立っている関係だった。

「楓はかわええなあ」

機嫌を取るようにその髪を撫でるが、楓はまだ怒っている様子で睨んでくる。その時、ふとその耳たぶを触りたくなり、少しだけ引っ張った。

「……何?」
「いや、やっぱこのくらいが普通やなって」

チビの耳たぶの感触とは違う。あのチビの柔らかさは珍しいものなんじゃないかと思う。

「もしかしてあいつ?あの鼻低い奴と比べてるの?」
「…よう分かったな」
「遊はほんと耳たぶフェチよね」
「フェチとか言うなや。触りたくなるだけやっちゅうねん」

触るのをやめると、楓はこちらに探るような視線を向けてくる。

「何、気になるの?あの鼻低い奴」
「まー気にならん言うたら嘘になるな」
「ふーん。……でも、詮索するのはやめといた方がいいんじゃない。色々ありそうよ、あいつ」
「それが気になるんやん」
「人のこと嗅ぎ回るのは悪趣味だと思うけど?」
「何やろ、とことん追い詰めて泣かせたくならん?あの顔」

あいつの隠してること全部暴いて焦らせたい。

「……ほんっと、いい性格してるわよねあんた」
「褒め言葉として受け取っとくわ」

俺は楓の皮肉を聞き流し、朝の訓練へと向かった。



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