深を知る雨

2201.04.20




 《22:00 マカオ》麻里side



あの日。目を瞑らされたまま連れてこられたのは、見覚えのない高い建物だった。

大きな窓のある部屋に入れられ、虚ろな目をした人たちに様々な衣装を着せられた。

やがてその人たちはこれが似合うと思ったのか、比較的落ち着きあるメイドの衣装を着せたところでわたしを華やかなVIPルームにまで連れていった。


この数日で分かったことは沢山ある。

ここが賭博をする場所で、売春やドラッグの取引も秘密裏に行われているということ。

客の多くが中国語を話していることから、おそらくここは中国語圏、それも広東語であるからその辺りであるということ。


ここまで分かっていて何の行動も起こせないのは、わたしが一ノ宮さんの能力の支配下にあるから。

だからわたしはこの建物から逃げ出そうとすることができない。


一ノ宮さんの能力の使われ方には3パターンがある、とわたしは思ってる。

1つ目は、人の行動を操るが、操られた本人は操られていたことに気付かないというもの。

2つ目は、一ノ宮さんがその人にとってどのような存在かを決められるというもの。

3つ目は、人の行動を制限するもの。

おそらくこれがわたしにかかっている催眠だ。

操られている自覚はあるものの、建物の外へ出ることが怖い。


わたしはこの場所で、VIPルームの男を楽しませる役割を課せられた。

賭博する男の隣に座りご機嫌取りをする簡単な仕事だ。

男の機嫌を良くすることは得意分野ではあるが、いつ帰れるのか分からないこの状況は少しばかり怖い。

当然ながら外への連絡手段はないし、逃げ出すことができないからだ。

もしかしたら、ここでずっと働かされるのかもしれない。

一ノ宮さんがわたしの一般部隊の知り合いにも超能力を使ったならば、誰もわたしがいなくなったことになんて気付かない。

どうしたもんかしらねぇ、と悩みながら廊下で休憩していた時、1人のチャラそうな若者がVIPルームから出てきた。


「マリちゃん、だよね?覚えてる?オレのこと。先日担当してもらったんだけど。オレあの時から君のこと忘れらんなくてさ~。本気になっちゃったっていうか」


……顔見て喋んなさいよ、胸ばっか見るな。こういう男って嫌い。勿論表には出さないけど。

曲がりなりにも本気を豪語するなら、下心を隠してほしいものだ。

分かってる。

大抵の男がビジュアル重視な生き物だってこと。

性格なんて二の次で、女を見る時まず外見から入るってこと。

男は視覚情報から恋をするし性欲を抱く。だからまず外見をチェックしてくるのは仕方ないこと……だけど。

ちょっとは中身を見ろ、と思うのは、わたしの勝手かしらぁ?

ろくに話したこともないのに何が本気だ。容易い、容易すぎる。もっと時間を掛けろと思う。

でもまあ。――そっちから近付いてきたんだから、利用するだけしてやるわぁ。


「ねぇ、わたしの一晩あげるからぁ、お願い聞いてくれなぁい?」


男に一歩近付き、その耳元で囁く。

男は驚いたのか少し頬を染めたが、すぐににやりと下心丸出しの嫌な笑顔を浮かべた。


「いいよ、なあに?」
「わたしたちって端末を取り上げられててねぇ。外部への連絡手段がないのよぉ。でもどうしても連絡したい相手がいてぇ。だから、あなたの端末から連絡させてくれなぁい?」


最近の端末は本人以外が操作することがほぼ不可能な作りになっている。

こいつから端末をこっそり奪ったって使えない。


だから本人に言う通りにしてもらわなければならないのだが……とちらりと男の様子を窺うと、男は面白いくらい素早く端末を取り出していた。

周りに人がいないことを確認してから、指示する。

まず盗み見防止機能をOFFにさせ、パスワードを教え、わたしのメッセージ受け取り画面にログインさせた。

これでわたしの受信箱を確認できる。受信箱に目を通すと、ずらりと並ぶのは夜のお相手からのメッセージ。

今はこんなものいらない。とにかく、この状況を日本帝国軍の誰か――それも、頼りになる誰かに伝えなければ。


と。画面の下へ行くうちに目に入ったのは、数日前の相模くんからのメッセージだった。

〈直接話したいことがある〉――そんなメッセージ。

……悪いけれど、直接話せるような状況ではない。


「今から言う通りに打ってくれるぅ?」


登録外の人間が画面に触れば、端末はロックされてしまう。これも男にやらせなければならない。

〈一ノ宮さんに拐われた。逃げられない。助け求む〉というメッセージに位置情報を付けて送らせた。

男はわたしの口にしたメッセージの内容に対し何も聞いてこない。

ここにいる女の子たちには全員事情があると分かっているか、そんなことよりも早くわたしと夜の話がしたいのかどちらかだろう。

案の定、男は送信し終えるとにやにやしながらわたしに聞いてきた。


「ね、ここまでしたんだからさ、今夜は生で入れさせてよ」


……はぁ?


「男性用の避妊薬は飲んでるのぉ?」
「いや、飲んでないけど。大丈夫だって、外に出すから」


外出しは避妊じゃねーよ、死ね。やあねぇ、こういう男って。

何が嫌かって、女の体を気遣おうとしないこの態度を見ると、“あの頃”を思い出すこと。

育成所にいた、あの頃を。

わたしは男の首に腕を回し、優しくキスをした。


「ふふ、わたし、あなたみたいな欲望にチュージツな男が大好きよぉ?」


――同時に、おちんちん切り落としたくなっちゃうくらい大っっっっっっっっ嫌いだけどねぇ。



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