深を知る雨
2201.04.20 ②
《23:15 Aランク寮》遊side
麻里からのメッセージに気付いたのは、部屋で今日読んだ上層部の思考を整理していた時だった。
〈一ノ宮さんに拐われた。逃げられない。助け求む〉
位置情報も添えられている。場所はマカオだ。
すぐに立ち上がり、服を着替える。
着替えながら急いで東宮にメッセージを送る。
〈居場所が分かった。出掛ける準備しろ〉
ここ数日俺たちは色んなことを試したが、一ノ宮の居場所に関する手掛かりは何も得られないままだった。
それが、こんな形で降ってくるとは。
1階まで走り下りると、居間には薫と楓、里緒が勢揃いしていた。
風呂上がりのカードゲームをやっているらしい。
楓が走り過ぎようとする俺を見て不思議そうに聞いてきた。
「え、何、こんな時間からどっか行くわけ?」
「あぁ、ちょっとな。急用ができた」
できるだけ平静を装いながら答え走り出そうとした――――が。
「お前、また俺らの知らねぇところで危険なことやろうとしてんじゃねぇだろうな」
勘の良い薫がすぐに俺の行く手を阻む。その瞳が怒っているように見えて、咄嗟の言葉が何も出てこなかった。
結果的に無言となり、肯定している形となってしまう。
薫は大きな溜め息を吐いて俺を睨んだ。
「関わらせろよ、俺も。――一緒にいられる時間は、残り少ねぇんだから」
薫の能力が攻撃型であるのに対し、俺の能力は捕虜から情報を引き出すことに使われる。
戦争が始まれば、またバラバラになるだろう。残された時間が少ないのは確かで、戦争が終わった頃またこうして揃えるのかどうかは不確かだ。
「何でも1人で背負おうとしてんじゃねぇぞ」
……それが薫の望みなら。薫が、俺に頼られることを望むなら。
「一ノ宮にチビと麻里が拐われた」
ずっと隠していたというのに、その情報は思いの外さらりと俺の喉から出ていった。
「居場所は大中華帝国や。俺は今から東宮と一緒に大中華帝国へ行く」
3人共驚いた様子で顔を見合わせたが、すぐに俺の方に視線を戻す。
「待ちなさいよ、あたしも行くわ」
「俺も行く」
「僕も、」
「里緒は残れ」
里緒の言葉を遮ると、何故だと言わんばかりの表情をされた。
「……正直、一ノ宮がどう出てくるか分からん。最悪の場合全員殺される可能性やってある。戦争が始まる前に日本帝国軍のAランク能力者が全滅しとったらまずいやろ。誰か1人でも残っとった方がええ」
俺の言葉で事態の重大さを理解したらしい3人が黙り込む。
沈黙が走ったが、その後里緒は「……分かった」と納得してるんだかしてないんだかよく分からない表情で答えた。
「お前らも。殺されとうなかったら来ん方がええぞ」
「冗談言わないでよ」
「殺されんのが怖いからってお前をほっとけるわけねぇだろうが」
……やろうな。
知ってしもたら、お前らは絶対にそう言うと思てたわ。
「しゃあない奴らやな。ほんまに」
満更、嫌というわけでもないが。
端末で次の瞬間移動輸送のチケットを4人分予約する。
行き先はマカオ国際瞬間移動輸送場。
―――囚われの姫さんが、2人。
さてどうなる?
《22:30 マカオ》麻里side
「瀬戸川麻里。お前を軟禁する」
チャラ男を使って相模くんに助けを求めた僅か30分後、大柄な男がやってきてわたしを無理矢理部屋に連れ戻そうとしてきた。
くっそー、やっぱバレちゃったのねぇ。
ま、軟禁されるってことはもうオジサン達の相手しなくていいってことだし、前向きに考えることにしましょ。
生かされてるのは多分、万が一千端さんの助けが来た場合、わたしを人質に取るためでしょうね。
取り敢えず用済みになるまでの命の保証はあるわけだ。
部屋の前まで来ると、男はわたしの背中を突き飛ばして中へと入れてきた。
随分乱暴ねぇ。乱暴な男はモテないわよぉ?と嫌みを言ってやろうかと振り返ったが、それと同時に男が何かを投げてくる。
床に落ちたそれに視線を落とし、素直に驚いた。
「これ……」
「貴女の端末です」
わけが分からず見上げると、使用人は無表情で伝えてくる。
「俺はBランク能力者です。操られてはいません」
「え……」
「操られたふりをしています。自分の支配下にないことが分かれば、彼は俺を殺すかもしれませんから」
その目は虚ろではない。事実であることはすぐに分かった。
「どうか俺達を救ってください。瀬戸川麻里さん」
最後にそれだけ言い残し、男は部屋を外からロックした。
どうやらこの部屋に監視カメラはないらしい。
恐らく、盗聴できる仕組みにもなっていないのだろう。
床に落ちた端末をゆっくりと拾う。
受信箱には、相模くんからの〈今向かっている〉という短いメッセージが送られてきていた。
……別にあんなことわたしに言わなくたってぇ、あなた達はもう救われてるわよ、使用人さん。
過去にたった1人で多くの子供達を救おうとしたお人好しのヒーローが、今こっちに向かっているみたいだからねぇ。