深を知る雨


「初めてを奪ったのが僕でないとはいえ、回数と付き合いの長さを考慮するとあの方の快楽の開発をしたのはほぼ僕ということになりますね。……あぁ、それと。ご存知ないでしょうが、クソ鈍感なあなたが寮にいらっしゃる際に僕の部屋でハメたこともありますよ?」


結構なことを言っているのに、何だか良かったような気がしてしまうのは――――以前遠くから東宮泰久と哀を見ていた時の哀しい表情とは違って、今の一ノ宮一也は楽しそうだから。

薄くだけれど、笑っているから。


「お前…………俺のこと嫌いだろう」
「あぁ、お気付きになりました?そうですね、嫌いと言えば嫌いです。恵まれた環境で育った人間への嫉妬でもありますが、大部分はあの方のご好意を独り占めしていたことへの嫉妬です。……まぁ、今後は僕の気持ちも汲み取ってくださるようですからあなたばかりに向けられていた目も多少はこちらに向くでしょうがね。ふふ、悔しいですか?」
「相変わらず性格が悪いな」
「へぇ、その点はご存知で?てっきり鈍感なあなたは僕のことを従順で良心的な護衛だとばかり思ってらっしゃるのかと」
「どうやら俺は見境のない猛犬を長年傍に置いていたらしい」
「そうですね。主の可愛がっている猫に噛み付くくらいですから、見境ない猛犬であるのには違いありません」


うまく出し抜いたという風な顔で東宮泰久を見る一ノ宮一也と、じろりと一ノ宮一也を睨む東宮泰久。

あたしは恐る恐る端末をいじっている瀬戸川さんと……薫の様子を伺った。


「――――そういうことか」


ちょっと?薫が合点が行ったみたいな顔してるわよ?バレたんじゃない?これバレたんじゃない!?


「不自然だと思ってたんだ。女である瀬戸川がよりによって性欲の塊みてぇな奴に泊めてもらおうとしてたことが」


ヤバいヤバいヤバいヤバい。もうこれバレてるでしょ。


「あいつは同性愛者だったんだな。だから瀬戸川にとっては一切危険性のない存在だったってことか」
「あらあらぁ、知らなかったのぉ?千端さんまだカミングアウトしてなかったのねぇ」


…………その発想に飛んだか。ていうか瀬戸川さんも瀬戸川さんで即座に嘘を吐けるのが凄いわね。

多分哀の性別知ってて庇ってるんでしょうけど、あたしにはあんな真似できない。


「そういえばあいつ澤との間にも妙な空気あったな……。数々のホモ疑惑が甦る……」


ぶつぶつ呟く薫。まぁあいつ男も女もいけるらしいしホモセクシャルでもあるというのは間違っていない。


……それにしても、さっきから何か引っ掛かってることがあるのよね。

幼児化……戦友……何を考えているのかよく分からない…………。


――――あ。

え?いやちょっと待って?そんなはずない。

…………あの人、まさかまだ高レベルの超能力が使えるの?

いやでも、考えてみれば未だに日本帝国のSランクは5人と言われている。除名されてないってことだ。

じゃあ襲い来る一般人の邪魔をしたのはあたしを守るため?

…………いやそれはないわ。

あの人は家族であろうが何だろうが愛しはしないし物としか思ってない。

悲観してるわけじゃなく客観的に見てね。あの人はそういう人間。

でも……じゃあ本当に何で、どこで知って、あたし達のサポートをしたんだろう。





 《1:35 司令官室》里緒side


窓から入ってきた真っ黒な鳥に話を聞き、その後窓を閉めた紺野は、椅子に深く腰をかける。

紺野は人間以外の動物と話せる能力を持っている。

鳥に様子を見に行かせていたのだろう。


「どうやら向こうは一件落着したようだよ。これで満足かな?里緒くん」


ククッと昔と変わらない笑い方をした紺野は、ジェスチャーでロボットに指示して僕への茶を運ばせた。

この男の回春能力の有効範囲は比較的狭いが、例え遠方でも座標さえ指定すれば指定された場所を中心として同心円状に効果を発揮する。

一ヶ所に集まる人間を幼児化させることだって容易だ。


「まさか君から僕に頼み事をしにくるとはね。男嫌いは治ったのかい」
「この軍に僕の知り合いはそういません。頼れるのはあんただけです」


運ばれてきた茶を一瞥し、敢えて口を付けず放っておく。

その様子が面白かったらしくまた笑われた。


「随分大きくなったな、君は。出会った頃はこんなに小さかったというのに」


嘲笑うように半笑いしながら親指と人差し指で小さな隙間を作る紺野。

いやさすがにそんな小さくねーよ。ビー玉か?


「協力してくださってありがとうございました。では、これで」


無駄話をする気はないので手短に感謝だけ伝え帰ることにした。

優香の妹の安全さえ確保できたならこれ以上用はない。

しかし、立ち上がった僕を紺野が引き止めてくる。


「そう言うな、仲良くしようじゃないか。僕は昔話がしたい気分だな」
「そーですか、お一人でどうぞ」
「君は誰にでもそんな態度なのか?嫌われるぞ」
「余計なお世話です」


そう吐き捨てて部屋を出ようとしたのだが、鍵が掛かっていて出られない。

クソが。ドアぶっ飛ばしてやろうか。

……いや、ここでは能力を使えないんだったな。


「君はあの、橘優香の妹についてどう思う?」


イラつく僕の背後で、紺野が愉しげに聞いてきた。


「ウザいし存在が暑苦しいし馴れ馴れしいし危なっかしいです。優香に比べて隙が多すぎる。あんなんじゃいつか安易な詐欺に引っ掛かりますよ」


適当な言葉を返したのだが、ドアが開く気配はない。

……こりゃ、気が済むまで帰してくれないな。


「やはり君とは気が合うね。座りたまえ。1度ゆっくり話がしてみたかったんだ。――お互い、橘優香に魅了された人間なのだから」


真っ黒な窓を背にする紺野は、くつりと不気味に笑った。




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