深を知る雨
第十一章

2201.04.25



 《05:30 Sランク寮》


「アへ顔Wピースってさ、何がそんなにいいのかな」
「…………」
「その女性を性的に征服した感じがしていいんじゃないですか?」
「征服かぁ……まぁ、そう言われると分からんでもないかもなぁ」
「…………」
「珍しいですね。哀花さんにその手の話題でしっくり来ないことがあるなんて意外です」
「ありがとう、褒めてくれて。でもさ、アへ顔Wピースされたら相手の女性が心配にならない?私は“壊れるほど気持ちいい!”って表情より“気持ちいい……はぁはぁうっとり”みたいな表情の方が好きなんだよね。言ってること分かる?」
「…………」
「女性とは程々のセックスが好きだと?」
「程々のセックスって言い方が適してるのかは分かんないけど、まぁそうだね。つっても私女の子との経験はないんだけどね!そろそろしてみたいもんだよ!」
「…………」
「へぇ、僕だけでは飽き足らず同性にも手を出す気なんですか。まったく哀花さんは」
「アアアアアアアアアアアア!痛い!!いやしてみたいってだけでするとは言ってなアアアアアアアアアアアア!」
「食事中くらい大人しくしろお前ら!」


以前より攻撃的になった一也に腕を捻られていたところを、泰久に一喝される。

まったく、誰だこんな話し始めたの。


「……それと。近い。もう少し離れろ」


加えて、今度は一也との距離を指摘された。


一也を連れ戻して数日。

あの一件以来、半ば無理矢理ではあるが、一也には私たちの前で食事をさせている。

だから一也は今私の隣の席にいる。


「以前まではどれだけ近くても何も言わなかったですし、同じ部屋で寝させもしてくれてたじゃないですか。最近厳しくないですか?何かありました?」
「すっとぼけもここまで来るといっそ清々しいな」
「僕としてはいつまでも保護者面をしないで頂きたいですね。20過ぎた娘の男関係に口出しするなんてとんだ毒親ですよ?それとも羨ましいんですか?今度泰久の前でしてあげましょうか?あ、それか混ざります?」
「ウワアアアアアア何言ってんの!?何言ってんの一也!?無理無理無理無理!!恥ずかしい!!」
「冗談ですよ。やっぱり泰久相手だと恥ずかしいんですね。あームカつく」
「アアアアアアアアアアアア!痛いぃいいい!」


そう。泰久は以前よりも私と一也の距離感に敏感になった。

一也が私との体関係を伝えたらしく、以前まで一也が私に手を出すはずがないと思っていたであろう泰久は、一也に対し物凄く警戒してる。

何だこの保護者同士の対立……。


正直泰久とは気まずいなぁ、なんて思っていると、ふと私を痛め付けていた一也の手が私から離れた。


「それはそうと、あなた最近目立ちすぎなんじゃないですか?」
「へ?」
「Aランクの方々との交流を隠さなくなったでしょう」


言い当てられてぎくりとなった。


「噂になっているのを聞いたぞ。Aランクと仲の良いEランクがいると」


げっ……泰久の耳にも入ってるのか。


「……そ~なんだ~。今後は気を付けるよ」
「何か目的があってのことですか?」


この2人を相手に嘘を吐くとなると緊張して口元がひきつりかけたが、何とか誤魔化す。


「いや、何か、ちょっと色々あって紺野司令官に私の性別隠してもらえるようになったからさ。ある程度は目立っても大丈夫かなーって……」
「は?」
「いつの間に司令と交流を……」


ヒエッ。泰久たちの表情が一気に険しくなったよ……くわばらくわばら……。

まぁ確かにこの保護者たちからしてみれば、性別を偽って超能力部隊に入った身である私が勝手に上層部と接触してたってのは見逃せない話だよなぁ。


「もう少し慎んだ行動をしろ。よくあの司令と交渉なんてしようと思ったな?するにしてもまず俺に相談を…」


あっやべ、これ説教始まるやつだ。


「私もう行くね!」
「おい、」
「じゃあまた。ばいちょ!」


ちょうど朝ごはんも食べ終わったところだったので、泰久の制止も無視してSランク寮を出る。



くっそー一也め、わざわざ泰久の前であんな話題出しやがってもう。

最近人が多い場所でもAランク寮のみんなと会話しちゃってるのは自分でも分かってるし、わざとだ。

この間は薫誘って堂々と食堂で2人でご飯食べたしね。注目されまくりのされまくり。




だってもう4月が終わる。

目立たなきゃいけない時期だ。

私はここに遊びに来たわけじゃない。


そう張り切りながら訓練所までの道を歩いていると、途中で小雪に出会った。

後ろから来ている私に気付き、にこにこ笑いながら待っていてくれる小雪。

私は特別訓練が終わったという形でここに戻ってきた。

小雪はこの1ヶ月ちょっと、私がどこにいたのか知らない。


「おはよ」
「おはよう小雪!今日のパンツ何色?」
「なかなかダイレクトなセクハラだね……」


周囲には訓練所へ向かう他の隊員たちがいる。

みんな眠たそうにしているけど、いい朝だ。

まだ少し時間があるので小雪と一緒に自販機でアイスティーを買って、飲みながら歩いた。


「哀、昨日の災害派遣で大活躍だったみたいじゃん。Cランクの人たちも噂してたよ?凄いEランク隊員がいるって」
「へへっ!でしょでしょ?」


まぁ今までの任務では使用控えめだった超能力の力を借りただけなんですけどね。

明らかにEランクレベルじゃない力の出し方をしたから、他の隊員に「えっ今何を…?」って戸惑われた。


……にしても。

さっきから、やたらと皆の視線がこちらに向けられている気がする。

目だけで会話したり、ヒソヒソ何か話したりもしてる。


そんだけ私のことが噂になってるのかな?

……いや、違う。

どちらかと言えば小雪の方を見てる気がする。


「……小雪、オレがいない間に何か問題起こした?」
「え?何で?」
「いや、何か……。……何でもない」


本人は気付いてないみたいだし、言わないでおこう。何か嫌な視線だから。

言いかけた言葉を紅茶と一緒に飲み込んだ私は、コップをゴミ処理ロボに手渡した。



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