深を知る雨
2201.04.26
《12:40 軍事施設内》麻里side
望みはなくとも見ていられるだけで幸せってことで、こっそり東宮さんの訓練を見に超能力部隊の方へ来ていたわたしは、帰りに千端さんが立っているのを見つけた。
透明化能力を解いて話しかけようとしたが、逡巡する。
……何か、前と雰囲気変わった?
千端さんらしくない顔をしてる。
何をするでもなく、ただそこに立ってぼんやり景色を眺めているらしい千端さんは、何だか少し……怖い。
だから、
「ちーはなさん♡」
「きゃあ!」
冷えた指先で首を触ってあげた。
あらあら、随分可愛らしい悲鳴上げてくれるじゃない。襲いたくなっちゃう。
そんなんで今後性別隠していけるのかしらぁ?
「ま、まままま麻里いつからそこに!?」
「ちょっと前からいたわよう。姿見せてなかっただけで。ほらぁ、一般部隊の隊員が超能力部隊の方に来てたら目立つでしょお?ただでさえこんな美人なんだしぃ」
うーん、話し掛けたらいつもの千端さんねぇ。
さっきは考え事してただけかしらぁ?
「……前から聞きたかったんだけどさ、それって麻里の能力?」
「そうよぉ。透明化能力。Dランクレベルだけど使い勝手いいわぁ」
「面白そう!それ使って悪戯しようよ!!」
「えぇ……?」
目をキラキラさせながら思いがけない提案をされてしまった。
「それって私も消せるの?」
「まぁ、近くにいる人なら透明化できるけどぉ……」
「なら今からAランク寮行ってみない?憧れてたんだよねー、透明化能力で悪戯するの!ドッキリ番組でよくあるじゃん?」
まるで超能力に憧れる幼い子供のように鼻息を荒くする千端さんを見ると、何だか自分の能力を褒められている気がして照れ臭くなった。
「……あ、それと」
不意に千端さんがわたしの指先を手で包み、心配そうに見てくる。
「麻里すっごい指冷えてるね。もしかして冷え性?ちゃんと規則正しい生活してる?ストレスで自律神経が乱れてるのかも……。もし不規則なら直しなね?」
「……」
「え、何!?何でそんな目で見てくんの!?」
「千端さんって女にモテるタイプよねぇ。男の子の格好でそんな気遣いされたせいで、危うく抱かれてもいいかもって思いそうになったわぁ。あーやだやだ、わたし女の子相手の時は攻め専門なのにぃ」
「な、何だって?」
「分かんないならいいわぁ。で?今からAランク寮行くって?」
「うん!」
漸く本題を思い出したかのように力強く頷く千端さん。
まぁ、千端さんの場合女にモテるってよりは人にモテる感じでしょうね。多分相模くんと同じタイプ。
わたしは然り気無く千端さんの指に指を絡め、恋人繋ぎをした。
「……ま、まり?」
「うふふ、ほら行きましょ。こうすれば指もあったかくなるしぃ。ね?」
ウインクしてやれば、頬を染める千端さん。
んもー、チョロいんだからぁ。
そんなんじゃいつか悪い男に騙されるわよ?なんて面白く思いながらも、仲良く手を繋いでAランク寮へと向かった。
そうこうしてAランク寮に来てみたはいいが。
どうやって入るのかしら?
考えてみれば閉まっているのは当然だ。しかしわたしの心配を他所に、千端さんは「これくらいは大丈夫!」と言って閉まっているはずのドアを開けてみせた。
……千端さんの能力?鍵を開ける系統なのかしら。まぁ性別偽って超能力部隊に入ってる時点で隠したいこと沢山あるんでしょうしぃ、深く聞いたりはしないけど。
そろりそろりと抜け足差し足忍び足で居間へ向かおうとする千端さんを見て、音もある程度は消せるんだけど……と言いかけたが、頑張ってる姿が面白いので放っておいた。
ていうか、よく考えたらこれ、悪戯して誰かの怒りでも買っちゃったらわたしも共犯になるのよねぇ。
Aランクの人たちなんてマカオでちょっと会話したくらいだしぃ、相模くんとしかろくに交流がない。
沢山話してる千端さんなら許してもらえるかもしれないけど、ほぼほぼ他人が寮に入ってきたら不快なんじゃないかしらぁ?
……まぁその時はその時、適当に色仕掛けしてどうにかしましょ。
居間に入ると、相模くんと紺野さんがテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。
相模くんは電子新聞、紺野さんは古めかしい紙の小説を読んでいるみたいだ。
2人は時折カップを手に取って飲み物を口にするくらいで、あまり会話をしない。
千端さんが端末の盗み見防止機能を解除してから、メッセージを打った画面をわたしに見せてくる。
〈透明化能力って私たちが手に持った物も見えなくなるの?コップだけ浮いてるように見せられないかなぁ?〉
「接触したら消えるわぁ。一部分だけ見せるとかはできない」
「えっ喋っ……」
「因みに言うと声も音も消えるわよぉ?」
「それならそうと早く言ってくれれば……!」
大袈裟に頭を抱えた千端さんは、気を取り直して他の悪戯の方法をうーんうーんと考え始めた。
その時、不意に紺野さんが小説から目を外し、相模くんに話し掛ける。
「そういえば薫が怒ってたわよ。あんた薫のプリン哀にあげたんでしょ?」
「薫のて何やねん、薫のて。冷蔵庫に入っとる時点で皆のもんやろ。何で所有格付けんねん」
「でもあれは薫のプリンだったそうよ?そのせいで遊は最近哀に優しすぎるってずーっと文句言ってたわ」
小説を読んでる途中で思い出すってことはプリンが出てきたのかしらぁ?
「好きな子に甘くなっちゃうのも分かるけど、程々にしなさいよね。薫が拗ねてめんどくさいし」
――考えすぎて頭を揺らしていた千端さんの動きがぴたりと止まった。
……あ、これ、まずいんじゃないの。
そう思った時には既に遅く、
「だってかわええんやもん」
わたし達の予期しない恋ばなが始まってしまっていた。
ちらりと千端さんの方を見ると、大きな口を開けて驚きを表現している。……なかなか芸術的な顔ねぇ。
「はぁ。ほんっと惚れてんのねー。そろそろ一発二発ヤっていいんじゃないの。寝取りって手もあるわよ」
「正直そうしたいんやけど、なかなか機会のうてな。……あー…、」
相模くんは読み終わったらしい電子新聞をテーブルに置いてソファにもたれ掛かり、気だるげに口を開く。
……?
今一瞬こっち見…………
「子宮ガン突きしてええ子ええ子したい」
!?
ちょ、随分直接的な表現ねぇ?
ちらりと再び隣を見れば、さすがの千端さんも予想外だったのか口をパクパクさせている。顔も真っ赤だ。
「あんた済ました顔して優しい言葉かけながら心の中では常にそんなこと考えてるわけ?」
「獲物に狙ってますて言うわけないやろ。逃げられたらどないすんねん」
「虎視眈々って感じね。怖い怖い」
ど、どうすれば……と思っているわたしの腕を千端さんが引っ張ってきた。
早く出ようという意味だろう。
千端さんに促されるまま、本来の目的である悪戯もできずにAランク寮を出たわたし達は、暫く無言だった。
千端さんは動揺しているのか俯いてばかりだ。
「……あの、千端さん、」
「大丈夫!」
何が。めっちゃ焦ってるじゃない。汗ダラダラじゃない。
「うん、大丈夫!何も聞かなかった!私は何も聞かなかった!」
言い聞かせるように繰り返した千端さんは、アハハーと笑いながら何処かへ走っていってしまった。
その小さな背中を見ながら、少しの自責の念に駆られた。