深を知る雨




くそ、遊と話してるうちに結構人が集まってきちゃってるじゃん。こんな中出て行ったらさすがに目立つし、泰久か一也にバレたらお説教不可避だ。

仕方ない……“アレ”を使うか。

私はロボットに自分の部屋の中にあるある物を最大の速さで取ってきてもらった。こんなものを使いたくはないが、今はこれ以外に方法がない。

トイレに駆け込んでそれを着用し、人を運ぶ飛行ロボットに乗って2階からグラウンド、薫と男達の間に降ろしてもらう。凄い勢いで下りたもんだから砂埃が舞った。

遠くで見ている人達の中でざわめきが起こる。

「な、何だあれ……」
「全身タイツ…?」

そう。私が着用したのは顔まで隠れる全身タイツ。口と鼻と目の部分だけ穴が開いている。

薫もガチムチ達も唐突に間に入ってきた全身タイツの謎の人物を見て数秒目を丸くしたが、すぐに私の存在など無いもののように喧嘩を再開する。お、おい。待て待て。

口で言っても聞いてくれそうにないので、とりあえずガチムチの一人を背負い投げした。そこでようやく他のガチムチ達は私に注目し動きを止める。

「お前ら、喧嘩はよくないぞ。話せば分か―――ッ」

無理矢理声を変えてガチムチ達に向けて語りかけていたのに、その途中で横腹を蹴り飛ばされた。

蹴ってきたのはガチムチではなく薫。お前かよ!

頑張ってもう一度近付いても、薫は邪魔だと言うようにまた私を蹴り飛ばし、そのままガチムチ達に殴り掛かってゆく。ガチムチ達がそれぞれの能力を使い始め、ついに喧嘩は生死に関わるものとなっていった。

だけど、薫は能力を使わない。薫の状態変化能力は温度と圧力を操作することで発動するものだ。Aランクならおそらく温度だけ、圧力だけを操作することだってできるだろう。押さえ付けるだけなら圧力操作をすればいい。

それなのに能力を使わないのは―――きっと、相手を自分の手で倒したいと思っているからだ。

相手を殴り殺すことで溜まったものを発散しようとしてる……?

なんて不健康なやり方だろう。

見ていられなくて、私は薫に全力でしがみついた。薫は私を振り払おうとするが、離してやるもんかと必死に掴む。

しかし薫の力は予想以上のもので、地面に叩き付けられた。

―――やばい、体勢を立て直せない。

「さっきから何だ?邪魔すんじゃねぇよ」

焦る私を追い詰めるかのように、薫が私に向かって拳を振りかざす。

―――やばい。これはやばい。

思わず目を閉じた直後、物凄い音がした。

誰かが誰かを殴り飛ばす音。……そして、殴り飛ばされたのは私じゃない。


ハッとして目を開けると、―――遊が私を庇うようにして立っていた。

遊の視線の先を見ると、薫が痛そうに頬を押さえながら地面から立ち上がる最中で。

「薫、ええ加減にせえや。もう十分やろ。そいつらは見逃したれ」

自分一人で止める気満々で出てきたのに、助けられてちゃ格好が付かない。

…でも、正直今のは助かった。

死ぬとまではいかなくても、結構な怪我をしていたかもしれない。

「あぁ!?喧嘩売ってきたのはこいつらだろうが!」
「いちいち売られた喧嘩買わんでええねん。―――楓がお前のそんな姿見たら悲しむぞ」

“楓”という単語が出た途端、ぴたりと動きを止める薫。

おお、効いてる。

「お前らも。いらん嫉妬で喧嘩売んなや。薫のこと気に入らんのやったら自分の能力強化せえ。喧嘩やのうて成績で薫に勝ってみろ」

遊は子供を叱るように落ち着いた声でそう言い、ガチムチ達の方を睨む。

「散れ」

お、おお……ちょっと怖いぞ遊。

遊の一言でガチムチ達は去り、残されたのは私と薫と遊だけになった。

何だよ、俺には止めれない的なこと言っといて止めれてるじゃん。……と思ったら。

「おい遊。俺の喧嘩邪魔するってことは―――お前が代わりに相手してくれるってことでいいんだよなあ?え?」

ゆらりゆらりと薫がこちらに近付いてくる。本当に相手が遊だろうが誰だろうが殺しそうな目をしてるもんだからぞくっとした。


「いや、お前の相手は俺ちゃう。―――こいつや」

そんな時遊が真顔で真っ直ぐ指差したのは、あろう事か私で。

「…………ええええ!?丸投げ!?丸投げなの!?」
「丸投げも何も、お前が言い出したことやろが。俺は何も関係ない」
「そうだけど!そうだけど!!」

あんだけかっこいい登場されたらこの後も助けてくれるのかなって期待しちゃうじゃないか。そんなことはなかったみたいだが。

と。薫が動きを止め、「…その声、まさか…」と私を見て眉を寄せる。

「そのまさかや。お前止める言うてどっか行ったとおもたら全身タイツでご登場やぞ。ふざけとるとしか思えらんやろ?」
「マジかよ……控えめに言って全然意味分かんねぇ…何で全身タイツなんだ…?」

そんな脅えるような目ぇ向けなくてもいいじゃん!? こっちだって着たくて着てるわけじゃないよ!?

「か……かっこいいだろ?やる気出したい時はオレ、必ず全身タイツ着用するんだ」
「……他人の趣味に口出すんもどうかと思うけどな、それはやめた方がええんちゃうか」
「他人の服装を点数化してる暇あったら自分のファッションセンスを直せ底辺」

君ら容赦無いな……。

「全身タイツ言うても色々あるやろ。何でそれなんや。不審者にしか見えんぞ」
「正直最初見た時はこの施設に迷い込んだ泥棒の類かと思ったぞ」
「いつまで言うんだよ!?もういいじゃん!」

怒った私は薫達を放置してロボットに乗り再び2階へ戻ったが、放置しても別に問題はなさそうだった。

いつの間にやらクールダウンしていた薫は、下で遊と真剣な表情で何かを話し合ってる。

……おそらく私のファッションセンスに対する疑問を語り合ってるんだろうけど。



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