深を知る雨
第十三章
2201.05.03
「千端っているじゃん?あのちっちゃいの」
「あぁ、いるな。最近よく聞くわ」
「Eランクなのに大活躍してんだろ?能力ランクと役立つかは関係ないって分かるな」
「俺こないだすれ違ったわ~!めっちゃ華奢!マジで男なの!?っておもた」
「そーそー、その千端哀。災害派遣でまた単独行動して子供助けて、市から賞貰ったらしいぜ」
「まじで!?単独行動とか勇気あるなぁ~」
「俺その時同じ班だったわ……」
「命令を無視した奴に賞が与えられるのは気に食わないって隊長が怒ってたけどな」
「上からの命令無視して自分の正義貫くってどこのヒーローだよかっけーな……。抱かれたいわ」
「は?マジで言ってんの?あんな女っぽい奴に?」
「そこがいいんだよ。華奢な男に押し倒されたい。脱いだら腹筋バキバキだったりしねえかな、そそる」
「また始まったよファッションホモ」
「ファッションじゃねーし!」
「今抱かれたい男アンケート取ったら例年とは違う結果になるんじゃね?超能力部隊内の話題、今は千端一色だし」
「Eランクってのがまたいいよな……。低ランクに下克上攻めされたい」
「また言ってるよこのファッションホモ」
「だ~か~ら~、」
「……なぁ。俺ちょっと前から思ってたけどさ」
「あいつほんとにEランクなのかな」
《12:00 Aランク寮》
薫が亡命して1週間が経った。
…………逃げられるなんて誰が思うか!!
あの別れの言葉は捕まることを覚悟して言ったものだと思ってたのに!!
諦め悪いぞあいつ!!
大人しく捕まってくれたら後でちょっと細工して刑期短くしてやろうと思ってたのに!!
お前のせいで楓と遊がずーーっと暗い顔してんじゃん。
昼なのに暗い顔してんじゃん。
もうちょっと楽しそうにご飯食べて?
「……ねぇ、あんた何か知ってるんじゃないの?」
「何でやねん。俺も何も分からんっちゅうねん」
「薫が何の理由もなく敵国のスパイになるはずない」
「だから何よ。俺かてあいつが何でスパイになったかなんて分からんわ」
「でも心当たりはあるんでしょう?顔で分かる!」
「顔て。知らんて言うとるやん、しつこいぞ」
私は野菜ジュースをストローで吸いながら2人を交互に見る。
どっちの気持ちも分かるんだよなー、私。
楓はどうして薫がスパイになったのかどうしても知りたいんだろうし、遊は薫がずっと楓のために隠してたこと楓に教えたくないんだよね。
「……もういい。帰る」
楓が拗ねて居間から出ていこうとするので、私も然り気無く居間を離れて里緒の部屋へ向かった。
……今遊と2人になるのはちょっと緊張するんだよな……。
そういう意味での好意を向けられてるって分かった後だし、どんな顔で接していいのか分からない。
ココココココココーン!と里緒の部屋のドアをノックして、返事が無いので入ってやった。
中で食事していたらしい里緒は不機嫌そうに「まだ入っていいとは言ってない」と相変わらずのゴミを見る目で私を見てくる。
「だーってー、待ってても入ってきていいとは言ってくんないでしょ?なら勝手に入らなきゃー」
「死ね」
「ひっど!!……つーか、1人で食ってんの?居間行きゃいいのに」
焼きそばパンを食べてる里緒にそう聞くと、無視された。
ひ、ひどい……何か返してくれてもいいのに……と不満に思っていると、遅れて一言。
「どうせ、僕は部外者だし」
……ああ、そっか。
里緒なりの気遣いなんだ。
自分がいると話せないこともあるんじゃないかと思ってここにいるんだ。
「里緒いい子だなー!ますます友達になりたくなっちゃった!つーかもう友達か、こうして部屋に入れてもらえるんだもんな!」
「調子乗んな」
「うんうん、調子に乗るね!でもさ、里緒さ、オレ思うんだけどさ、部外者だからできること、あるんじゃねーかなあ?」
「はあ?」
「支えてやってよ、あいつらのこと」
これでも遊や楓が好きだった。
あんな状態の2人を置いていくのは気掛かりでもある。
だけど私は今月中には行かなきゃいけないから。
「あいつらが悩み過ぎないように、里緒が支えてやってくれ」
私にはもう、何をすることもできないから。
後は頼むよ、里緒。
「……あんた、何考えてんの」
里緒が訝しげに聞いてくる。
「え?」
「いや、こういう時あんたなら“一緒に2人を元気付けよう”とかそういうお節介発言しそうなもんだと思ってたから……」
「お節介って!」
「お節介だろ。いつも不必要なまでに他人の問題に首突っ込んでるし」
そう言ってぱくりと焼きそばパンを口に含んだ里緒は、もぐもぐごっくんしてから聞こえるか聞こえないかくらいの声でぼそりと言った。
「……まぁ、僕はそのお節介に助けられた人間の1人なわけだけど」
一瞬何のことを言っているのか分からなかったが、その後すぐに里緒が暴走して北海道まで飛んでった時のことを言っているのだと分かった。
「…………里緒……もしかして今のは……デレ?」
「はぁ?」
「ツンツンツンツンツンデレな里緒の……デレ?遠回しにあの時助けてくれてありがとうって言ってる?そう解釈していい?ねぇそう?ねぇそうなの?」
「消え失せろ」
「ひっでえ!!」
里緒のデレはもう終わってしまったらしく、またゴミを見る目で見られた。やめてください傷付きます。
……ていうか、そうじゃなくて。私はこんなことを言いに来たんじゃなくて。
里緒に、これを渡しに来たんだ。
私はポケットをごそごそしてから、あれ以来見ないようにしてきたペンダントを取り出した。
「……何だこれ?」
「プレゼント。里緒にあげる」
「……何のつもりだ?」
「里緒にあげたくなったの!ここに置いとくな」
お姉ちゃんと里緒がどんな関係だったのかは知らない。
でも少なくとも里緒がお姉ちゃんに助けられた人間の1人で、お姉ちゃんのことを恩人と言って慕ってくれているのなら、私はこれを里緒に渡しておきたい。
――――お姉ちゃんが、私にくれたペンダント。
とっくの昔から、私にこれを持つ資格はない。
「大事にしてね」
それが手から離れた瞬間、酷く泣きたくなったのは内緒だ。
:
「打倒Dランク!!」
「おぉー!!」
訓練所へ戻る途中、遠くの広場で見知ったEランク隊員たちが張り切っているのが見えた。
……あぁ、そういや2日後にはランク混合対決が行われるんだったっけ。あいつら参加するのか。
「君は参加しないのか?」
不意に聞き覚えのあるような無いような声で後ろから質問をされ、振り返る。
そこにいたのは――……いや、誰だこのイケメン。
羽瀬隊長と同レベルのイケメンじゃないか。
見たところ20代。超能力部隊の服着てるけど、こんな人超能力部隊にいたっけ。
何か見たことあるような……あっ……。
「……紺野司令官!?」
「ご名答」
「え、どう見ても20代……あぁ、目立たずこっち来るために化けてるんですか」
「それもあるが、色んな年齢に化けるのは面白いからね。今は君とお似合いの24歳設定だ」
「超能力若作りオジサン……」
「何か言ったか?」
「いえ何も」
ぼそりと口から漏れてしまった罵倒を誤魔化すようにして顔を逸らす。
危ない危ない、最近この人の前で本音駄々漏れになる癖ができてしまったよ。一応目上の人なのに。
「……ていうか、“参加しないのか”ってどういう意味ですか?私にランク混合対決に参加しろとでも?」
「いや?君は最近どうもこちらが隠し切れない程に活躍しているようだからね。以前君の言っていた“目立つべき時期”が来たのかと思っただけさ」
「まぁ、そうですけど。ランク混合対決にはさすがに参加しませんよ。だってあれ上層部の人たち直接見に来るんでしょ?そこで目立ったら、」
予定より早くお別れすることになってしまう。
そう言おうとして、無意識のうちに別れの日を遅く設定してティエン達に伝えていた自分に気付き、嫌悪感がした。
ティエンに言われたあの日、覚悟は決めたはずなのに。まだ躊躇ってるのか、私は。
「……紺野司令官は参加してほしいんですか?」
「いや、それは困るな。君が軍から追い出されると楽しみが減る」
人を玩具としか見てないなこいつ……。
「今後もそんな調子で頑張ってください」
「うん?」
「いえ、何も。」
……この人に言い残すことは、もう何もあるまい。
《12:00 軍事施設内》小雪side
――――……漸く分かった。
最近鬱陶しいくらいに俺に向けられる視線の理由。
大抵の隊員は小さな声で話しているものの、時折声のでかい奴がいて、聞こうとしなくても耳に入ってくる。
“なぁ、Sランク寮の雪乃嬢いるだろ”
“あいつと澤小雪って兄妹らしいぜ”
“しかもあいつら、デキてるらしい”
“うわっ、何それ近親相姦?”
“いや、さすがに嘘だろ……”
“マジマジ。雪乃嬢のファンが超能力使って澤小雪の部屋盗聴したんだって”
“やることえげつねーな。それでそれで?”
“ガッツリヤってたらしい”
“うーわー……。マジで?俺そういうの無理なんだけど”
“マジで兄妹間でヤってんの?義理とかじゃなくて?”
“頭おかしいんじゃねーの”
“キッモ。喋りたくないわ。元から喋ってねーけど”
“あーくっそ、雪乃嬢清楚そうで憧れてたのになー!”
“いや、性欲処理係の時点で清楚ではないっしょ”
先程聞いた会話を思い出しながら訓練所へ向かう。
嫌な目で見られ始めたのは先月からだ。
きっともう止められないところまで、噂は広まっているんだろう。
気持ち悪い?
そんなことは母親に何度も言われたし、きちんと理解している。
実の妹と恋仲なのは異常だ。狂ってる。
俺はいい。罵倒されたところでどうだって。
でも雪乃は。
――――……雪乃は、俺と結ばれて幸せなんだろうか?
ある種の迷いが生じたちょうどその時、角の向こうで話し声が聞こえた。
「お、噂の雪乃嬢じゃん。かわいーい」
「なぁ、お前兄ちゃんとデキてるってマジなの?」
寒気がした。
「……急に、何ですか。やめてください。私は今から、」
「今から兄ちゃんのとこにでも行くのかぁ~?」
「そんな大人しそうな顔してやってることは近親相姦かよ。男の夢壊すなよなー」
見えないけれど、雪乃が言葉に詰まるのが分かった。
「――――俺の妹に何か用?」
躊躇うことなく角を曲がり、そこにいた超能力部隊の下衆共2人に問う。
俺が来るとは思っていなかったらしい2人はビクリと震え、顔を見合わせて走り去っていった。
気に入らないのである程度遠いところにいったのを見てから、然り気無くその足元に丸太を瞬間移動させて転ばせてやった。いい気分だ。
「……あ……に、兄様……」
気まずそうに俯いた雪乃。
もしかして、俺よりも先に気付いていたんだろうか。
いつもこんな風に、絡まれていたんだろうか。
そう考えると、どうしようもなく罪悪感が襲ってきた。
この子を地獄へ引き摺り落としたのは俺だ。
雪乃ならもっといい人がいるはずなのに、近親者である俺と今こんな関係にさせてしまっているのは――この可愛い妹を澤家の異常な血に従わせる結果となってしまったのは、俺がこの子をこちら側に招いたからだ。
「……雪乃。暫く会うのやめよっか」
その言葉は、驚くほどするりと俺の口から出ていった。
「……、……え?」
「一緒にいると騒がれるでしょ?雪乃が嫌な思いするのは、俺嫌だな」
自分がちゃんと笑えているかどうか分からない。
腹の底で怒りがぐつぐつと煮えたぎっている。
それはあいつらへの怒りじゃない。
無責任に手を出して、きちんと雪乃を守れなかった、自分への怒りだ。
「……暫くって、いつまでですか?……もうすぐ、戦争が始まってしまうのに。戦争が始まってしまったら、暫くどころか、いつ会えるかも分からないのに……」
「戦争が始まるとは限らないよ」
「嘘!確実に始まるって、私知ってます」
雪乃が俺に触れようとする。
俺はその手から逃れた。
どうしてだろう、知っていたはずなのに。
俺たちの恋を恋として続けるには絶対に必要な条件があって、それは“秘密にすること”だということ。
秘密を暴かれたら、この関係は終わりだということ。
なのに俺は、この秘密を守ることができなかった。
もうこの子をこの手で抱く資格はないのだ。
だから俺は。
「ごめん。もう、俺に近付かないで」
わざとあの日と同じ言葉を選んで、愛しい妹を傷付けた。