深を知る雨

2201.05.05



「Eランクのチームは全滅かぁ……」
「まぁでも、最後にゃCランクと互角にやりやったんだから頑張った方だろ。周囲のEランクを見る目も変わったと思うぜ」
「俺Cランクに友達できたわ」
「マジで!?」
「俺もDランクに友達できたー。DランクはEランク馬鹿にしてると思ってたけど、案外いい奴だった」
「おいおいお前ら俺を置いて交流関係広げていくなよ……。……つーか、お前さっきから喋んねぇけどどうした?端末ばっか見て。気になるニュースでもあったか?」
「いや。……なぁお前ら、Eランクのページちゃんと見たか?」
「は?どうしたんだよ」
「千端だけ生き残ってる」
「はぁぁあ!?いや待てってじゃあ午後も出場するってことか!?」
「いやいやいや待てよ、千端ってどこのチームだっけ?」
「どこにも属してない。生き残ってるのは千端だけだ」
「は!?あいつハンデ使ってねぇの!?」
「1人で午後まで持ち込んだってことか!?す、すげえ!!」
「ますます謎が深まるな千端……。」




 《13:15 食堂》


今日は超能力部隊全体がお休みの日だ。

みんなランク混合対決に参加したり、興味のない人は部屋で休んでいたりする。

小雪も興味がないみたいで、午前中はずっと部屋に居たらしい。

私はそんな小雪を食堂まで連れ出して、2人で最後の昼食を食べた。

カレーを食べ終えた私たちは、立ち上がって帰ろうとしていた――その時だった。


「千端!お前凄いな!!」


バタバタとEランク隊員たちが食堂に押し寄せてきたため、周囲の目がこちらに集まる。


「午後も出場って書いてんじゃん!Cランク相手に1人で勝ったのか!?」
「う、うん……まぁ、たまたまな」
「すっげええええ!さすが千端だな!」


異様な盛り上がりを見せる先頭のEランク隊員は、ふと私の隣の小雪を見て顔を強張らせる。

軽蔑とまではいかなくとも、関わってはいけない人間を見るような目だった。

……あぁ、こいつも噂聞いたのか。


「変な目で見るなよ、オレの彼氏」
「あ、す、すまん。……って、ええ!?」


大きな声を出して後退りされた。

私の発言に、周囲もざわざわとし始める。


「えっ、ちょっ、千端って澤と付き合ってんの!?そっちの人!?」
「何だよ、気付いてなかったのか?」
「気付かねぇよ!カミングアウトされてなかったし!」
「そういや俺、ここで千端と澤が抱き合ってんの見たことあるわ……」
「なるほどなぁ。じゃああれもただの噂か。いやー、嘘っぽいとは思ってたんだよな」
「“噂”?」


素知らぬ顔で聞いてみると、噂という単語を出した隊員の口を別の隊員が慌てて塞ぎ、「な、何でもねーよ!」と焦った顔で言ってくる。


「と、とにかく!頑張ってくれよな、午後も!同じEランク隊員が午後も出場するなんて誇らしいよ」
「そ、そうだそうだ!俺たちも応援してるから頑張ってくれ」


去り際に励ましの言葉を送り、食堂を去っていくEランク隊員たち。

食堂にいた他のランクの隊員もさっきの会話は聞いたみたいだし、これであの噂も少しは薄まるだろう。


良かった良かった、これで小雪も心配なく雪乃と一緒にいられるよね、と小雪の方を見ると、思いの外深刻そうな表情をしている小雪がいた。


「……哀」
「ん?」
「ランク別の対決に、出てるの」
「うん」
「……何で?目立っちゃだめなんじゃないの」
「うーん、でも何か目立ちたくなっちゃってさ。あ、そろそろ行かなきゃ。次はBランクとの対決でさー。ちゃんと準備しとかなきゃいけないんだよね」


そう言って小走りで去ろうとした私の腕を、小雪が掴んだ。

いつものこちらを気遣う優しい力ではなく、痛みを感じる程の強い力だった。


「……ねぇ、また俺から離れていこうとなんて、しないよね?」


不安そうに見てくるその目を見て、小雪が何か予感してしまったことはすぐに分かった。

何も答えない私に対し、小雪は確かめるような口調で言う。


「ずっと友達って言ったのはそっちだよ」


一瞬どきりとして、しかし動揺を一瞬たりとも見せることなく、笑って答えた。


「何言ってんの、ずっと友達だよ」


私の返答にほっとしたらしい小雪の手が、私から離れる。


「大丈夫だよ、オレだって考えて行動してるからさ」


バイバイ小雪。

――――離れてても、友達だ。


「行ってくるね」



小雪に貰ったボトルを持って、私は会場へと移動した。





 《15:50 Sランク寮》一也side


「そろそろなのでは?」


本に集中し過ぎて時を忘れていそうな泰久に声を掛ける。

そろそろ、ランク混合対決の目玉である最終決戦だ。


去年の勝者である泰久は午後の1度――最終決戦のみでしか戦わない。


「……面倒だな」
「面倒でも出てください。最も注目されるイベントですし、上層部の方々も楽しみにしています」
「お前は出ないのにか?」
「僕は攻撃型の能力者ではないですし、視覚的に楽しめる戦いにはなりませんよ。こういうイベントで求められるのは日本帝国軍のエースたる貴方です」


泰久は大きな溜め息を吐き、窓の外を見た。

雨が車軸を下している。

これでは屋内になるだろう。

泰久は本を閉じて立ち上がった。

そろそろ移動するらしい。

僕も準備をして泰久と共に居間を出る。


「対戦相手、確認しました?」
「していない。どうせ誰でも同じだ」
「はは、言いますねぇ。まぁ、あれから8年も経ちますけど、貴方に勝てたのなんて優香様だけですもんね」


あの戦いのことは僕でもよく覚えている。

開始10秒、優香様と泰久は凄いパワーでぶつかり合った。

周囲への影響も凄まじいもので、観戦していた隊員たちはより離れることを余儀無くされた。

しかし誰もが接戦だと思ったその時、泰久の背後にもう1人の優香様が現れたのだ。


  ――――「寝惚けないでよ、泰久」

優香様は笑っていた。

  ――――「そっちはあたしじゃないわ」

泰久は対応できず、背後から攻撃を食らってしまった。

泰久がずっと戦っていたのは優香様の分身で、本人では無かったのだ。

分身にさえあれだけの力を発揮させることができるのだから、橘優香という能力者にどれ程の力が備わっているのか想像するのは難しくない。

泰久に勝つには、あれほどの能力者である必要があるのだ。


「勝つことが分かりきっているのなら、いかにクールに勝てるかに意識を集中しては?」
「は?」
「哀花さんにかっこいいところを見せたいんじゃないですか?哀花さんに恋心を抱く男の1人という立場からしてみれば」


泰久は黙った。

どうやら気付かれていないと思っていたらしい。


「隠せているとお思いで?残念ながらバレバレですよ。もっとうまく隠してほしいですね。哀花さんが気付いたらどうするんですか」
「……」


この男は哀花さんの気持ちを知っている。

内に秘めている恋心を伝えれば両思いが成立するのに、泰久は寧ろそれを隠そうとしている――何を考えているのか僕には分かりかねるが、少なくともこの男は、自分と哀花さんが結ばれるのを何らかの理由で避けたがっているのだろう。


「――まぁ、例え両思いが成立したとしても渡さねぇけどな。ひたすら哀花さんの同情心を煽って縛り付けてやりますよ」
「……癪に触る男だ」
「そっくりそのまま返します」


笑いながら寮を出た。

傘に当たる雨音が五月蝿く、そこから会場に着くまで、僕たちの間に会話は無かった。


――この時の僕たちは気付いていなかったのだ。

僕たちの関係性の実質的な崩壊が、すぐ傍まで迫っていることに。




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