深を知る雨


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午前中は部屋にいる隊員が多いとはいえ、最終決戦はほぼ強制参加で、今この場には超能力部隊隊員全員が揃っている。

この異様な事態に会場はざわついた。

前年度の優勝者であり日本帝国軍最大戦力のSランク能力者であるあの東宮泰久の前に立っているのが、ただ1人のEランク能力者なのだから当然だ。

しかし1番驚いているのは泰久だろう。

信じられない、状況が飲み込めないという顔で私を凝視している。


「会うのは昨夜ぶりだね、泰久」
「……お前、」
「あぁ、一応言っておくけど今は泰久の弱化能力の影響を受けないように防御能力発動してるから、テレパシーも遮断されちゃうんだ。悪いけど聞かれたくない内容であろうと口頭で話してね」
「“防御能力”……?」


あはは、めちゃくちゃ驚いてる。

私の持つ他の能力について、泰久には読心能力と精神感応能力としか伝えてなかったもんね。

隠してきたんだ、ずっと。



『――――試合を開始します!』



合図と同時に勢い良く踏み込む。

蹴りかかった私の足を腕で防ぎながら、泰久は観客席にいる一也に対し怒鳴った。


「一也!何してる早く能力を使え!中止にしろ!!」
「――無駄だよ泰久。この会場全体に超能力抑制電波を飛ばしてる。一也レベルの能力を完璧に抑制するのは無理だけど、ある程度なら精度は落ちるよね?中途半端な催眠は相手の人格を壊す可能性があるから使えない……ね、そうでしょ?」


笑いながら言い当てれば、思いっきり睨まれた。

おこなの?ねぇおこなの?

こんなんで冷静さ失うなんてダメじゃん。まぁ、そこが可愛いところでもあるんだけど。


「お前――いったい何を考えてる?何が目的でわざわざこんな、」
「それはこれから分かることだよ」
「……抑制電波を使うのはルール違反なんじゃないのか?失格だ。帰れ」


おおふ、すんごい怒ってるなぁ、泰久。


「この会場の電気系統システムを能力で乗っ取って操ってるだけだよ?十分能力で戦ってることになると思うけど、なっ!」


華麗な跳び蹴りを食らわしたのだが、泰久は少しよろけただけで、やり返してこない。

……これでもまだ本気モードになってくんないかぁ。

困るなぁ、私の計画通りに動いてくれないと。


「さっきから全然超能力使わないね?何で?使えないわけじゃないでしょ?泰久レベルの能力者なら、抑制電波の影響下でも余裕あるはずだよね?さっさと本気になってよ、盛り上がらないじゃん」
「っ、……お前に攻撃できるはずがないだろ」


だろうね、知ってるよ。

泰久が私に攻撃なんてできないこと。

泰久にとって私は庇護の対象。

泰久にとってお姉ちゃんは憧れの存在で、私は守りたい存在。

お姉ちゃんとは本気で戦えても、私とは戦ってくれないんだ。


「――――私はできるけどね」


パシュッ、と音がして、泰久の二の腕から血が溢れた。

観客席に紛れ込んだ警備ロボによる遠隔狙撃だ。

ただでさえ超能力抑制電波で水流操作の威力が落ちているうえ、どこから打たれるか分からない状態。


「そろそろ、本気出さないとまずいんじゃない?」


険しい表情で打たれた腕を押さえた泰久に向けて、余裕たっぷりに笑ってみせる。私なりの挑発だ。


――――次の瞬間、私たちを丸く囲むようにして水が発生した。


水の防壁……なるほど、これなら観客席から私たちは見えないし、狙撃もされない。


「泰久さぁ、本来の目的忘れてるよね?これじゃ観客を楽しませられないよ?」
「そんなことは今どうでもいい」
「悪いけど私にとってはどうでもいいことじゃないんだ」


水の量が徐々に減っていく。

対泰久用に、この会場に用意した吸水ロボは1000体ほど。

泰久の超能力を抑制する時、まず落ちるのは水流操作の精度じゃない。生成できる水の量だ。吸い続ければいずれなくなる。


「私を退場させたければ力ずくでどうぞ。私は泰久がどれだけ口で言おうと屈しないから」


観客席が見えてきた。

超能力部隊隊員全員の目が、上層部の目が、今こちらに向けられている。


泰久は舌打ちをしてこちらに手を翳した。

水が勢いよくこちらへ飛んでくる。

水で私を包んで意識を失わせるつもりだろう。


……まぁ、そう簡単にはやられてあげないけどね。


迫ってくる水を避けるため、天井と自分を接着させる形で宙に浮き上がった。

ただでさえざわついていた会場内がより五月蝿くなる。

天井に張り付いたのだから当然だ。

明らかにEランクレベルじゃないうえ、これは今まで明かしていなかった能力だ。泰久だって驚いてる。


泰久が動揺しているうちにと、会場内の警備ロボを利用して今度は数ヶ所から狙撃させたが、その内の多くは防がれた。

泰久は会場内の全ての警備ロボを機能不全に追い込んでいく。このコントロールは流石だ。

でも、そろそろ水の生成も限界に近付いているはず。

徐々にだけど量が減ってきてるのが分かる。

こちらに向かってくる泰久の水から壁を走って逃げ回りながら、泰久が水を生み出せなくなる時を待った。

しかし。


「……俺の生成限界を待ってるのか」


ぽつりと泰久が私の目的を言い当てた。

べ、べべべべ別に言い当てられたところで何ともないけどね!ま、まだまだ想定内!


「ふん、今更気付いたって遅いよーだ。もう殆ど出せない状態なんじゃない?」
「あぁ。抑制電波の影響下では、俺もこの程度が限界だ。もう水を生み出すことはできない。――だが、使える水はまだある」


…………へ?


「――そこの吸水ロボットが、俺の水を“保管”してくれていたからな」


泰久がそう言うと同時に、吸水ロボの吸水口から水が吹き出し、泰久の元へと戻っていく。

……げっ……泰久って1度破壊された水塊の水も操れるのか!

駄目だ。

いくら水を生成できなくしたところで、既に生み出した水をいくらでも操れるなら意味がない。

咄嗟に指令して吸水ロボの内部を冷やし固形にしたが、水の多くはその前に取り出されてしまった。


「今降参だと言うなら説教だけで許してやる」
「……まだ手はあるよ。言ったでしょ?この会場内の電気系統システムを乗っ取ってるって」


会場内が一気に冷える。

観客は曇らないガラスを隔てた向こう側にいるため、この空間で寒さを感じるのは泰久と私だけだ。

観客が急な温度変化で困ることはないだろう。


「……冷房装置を操ったな?水を凍らせる気か」
「うん。水を無くすことができないなら、水を水でなくしてしまえばいいでしょう?」
「通常の冷房装置による室内冷却だけでそう簡単にいくと思うなよ」


勢いよく水が迫ってくる。

今度こそ確実に私の意識を失わせにかかってる。


……でも。

私が手を翳すと、水は私に当たらず留まった。


――私の接着能力が有効なのは固体に対してだけじゃない。


泰久の生み出すような純水ならば、水と泰久を接着させようとする形で防ぐことだってできる。

私が水を泰久に接着させようとする力と、泰久が水を私に向かわせようとする力が拮抗した。




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