深を知る雨
ロイの言う“育てる”というのは本当だった。
その日から、ロイは毎日哀花に超能力の使い方を細かく教えた。
ロイの強化能力の影響もあり、哀花の能力レベルは徐々に上がり始めた。
周囲の哀花を見る目が変わっていった。
哀花は有頂天になった。
今度こそ両親を見返せるのではないかと。
優香の妹として恥ずかしくない自分になれるのではないかと。
――しかし、その急激な成長はすぐに停滞した。
能力レベルは伸び悩み、周囲は哀花に、またあの失望した目を向けた。
ロイは要求したことを上手くこなせない哀花に対し、大きな溜め息を吐いた。
「弱いね、哀花ちゃん」
「……っ」
「そんなんじゃあいつに勝てないよ?一生かけても、ね」
その言葉は、常に優香を意識している哀花の心に深く刺さった。
「……仕方ないなぁ。哀花ちゃんがだめな子だから、今日は特別な訓練をしてあげる」
泣きそうな顔をした哀花の背中を押して、ロイは哀花を秘密の部屋の前へと連れていった。
ロイは哀花の肩に片手を置き、以前哀花がロイを案内した、一見部屋があるようには見えない場所を指差す。
「ここに何があるか、知ってる?」
哀花は黙って首を横に振る。
「この部屋の中には優香が管理してる軍の情報が入ってる。それを盗めば、優香に対する軍部からの信用はある程度無くなるよ。まぁ、盗めればの話だけど」
「……え……」
「“お姉ちゃん”に対する評価が高すぎて今まで嫌な思いしてきたんでしょ?優香の評価を下げれば哀花ちゃんはきっともう嫌な思いをしなくて済む」
哀花は不安そうな目でロイを見上げた。
「大丈夫だよ。そう大した情報は入ってない。そこまで重要な情報を、一隊員に預けるわけがないしねー。高すぎる評価を下げるだけ、100が90になる程度。10が0になる程のインパクトはない」
「……」
「上手くできたら、哀花ちゃんの能力はきっと急成長するよ。Sランク能力者だって夢じゃないかもね」
「……」
「ずっと辛かったんでしょう?その気持ちを今、この部屋にぶつけて」
悪魔がまた、哀花の耳元で囁く。
「この中の情報を俺の目の前で奪ってみせて?」
――――……その瞬間、哀花の中に魔が差した。
大丈夫よ
哀花ならできるはずよ
だって優香の妹なんだもの
あの人たちが“私”を愛したことなんてあるんだろうか
あの人たちの見ている私はあの人たちの期待する私、お姉ちゃんのように優秀になるはずの、将来性のある空想上の私であって“私”じゃない
あの人たちは“私”を見ない
私が1番目の子供だったら愛してもらえたのかな
お姉ちゃんより先に生まれていたら、ちゃんと私を見てくれていたのかな
能力が無ければ愛してもらえない
お姉ちゃん程の能力が無ければ見てもらえない
あの人たちの基準はお姉ちゃんで、それはどう足掻いたって変わらない
2番目はいやだ
私だって愛されたい
見てほしい
注目されたい
褒められたい
認められたい
称賛されたい
畏れられたい
圧倒したい
夢中にさせたい
価値がほしい
能力がほしい
才能がほしい
できる子になりたい
凄いねって言われたい
唯一の存在になりたい
ああそうだ、お姉ちゃんさえいなければ
お姉ちゃんさえいなければ、きっと、私自身を見てくれる人が現れる
お姉ちゃんなんか
いなくなればいいのに。