深を知る雨
第十五章

誰かの話



 《21:00 北京》



「……もう6月か」


女は椅子に深く腰をかけ、目を閉じる。

部屋が静寂に包まれた。


しかし、静けさはそう長く続かない。

カチンと奇妙な音がしたため目を開けると、自分の側に飛んでくる手榴弾が女の視界に入った。

女は接着能力を使って手榴弾自体を別の場所で爆発させ、視線だけを手榴弾が飛んできた方向に戻す。

案の定そこにいたのは、セミロングの金髪をした15歳の男――大中華帝国の中将だった。


「……何?ティエン」
「また電話掛かってきてたよ~って知らせに来ましたァ」
「報告するのにいちいち手榴弾投げないと気が済まないわけ?」
「だーって鈴がぼーっとしてたんだもォん」


これまで何度もかかってきている電話が幼馴染みからの連絡であることを、女は知っている。

だが、2人の幼馴染みの内、一体どちらが掛けてきているのかは見ていない。

女は、きっと掛けてきているのは片方だけであろうと思っている。


自分が情報を流してしまったために、彼の愛した女性は死んだのだ。

罪を暴露して日本帝国を去った女に、彼が電話を掛けてくるとは思えなかった。


「りーん?」


不意に、男が女の顔を覗き込む。

それにより思考を遮られた女は、無表情のままその高い椅子から男を見下げた。


「鈴って、本名哀花って言うんだね」
「……今更?」


女が彼らの前で本名を明かしたのは先月、日本帝国の軍事施設でのことだった。

とはいえ彼らは長年女のことを“鈴”と呼んでおり、今更変えることはしない。


「橘哀花から“た”と濁点と“か”を抜いて、千端哀かァ~。安直~」
「文句なら超能力部隊の隊長に言ってほしいね。あの人が付けたんだから」


先程自分で入れた紅茶に口を付けた女は、以前飲んだ――以前恋心を抱いていた相手の入れた紅茶の方が美味であったように感じ、僅かに眉を寄せた。


「ボク嬉しいなァ、鈴のことちょっとだけ知れた」


嬉しそうに喋る男の言葉を聞き流しながら、ろくに飲んでいない紅茶を流して捨てる。

顔を上げると、“6月10日、フーランス侵攻”という文字が目に入った。

女が敵国から盗んだ情報である。


「……あと10日」


ぽつりと呟いた女は椅子に座ったまま、空になったティーカップをロボットに片付けさせた。

大きな戦争が始まるまであと10日だということを、女はまだ、あまり実感できていない。


「いよいよだねェ」
「……そうだね」
「またいっぱい殺そうね?」
「……うん」
「どんな凄惨な戦場も、鈴と一緒ならきっとすっっっげェ愉しいんだろうなァ」


男はカラカラと無邪気に笑う。


「地獄の果てまで一緒に行こうな?」


男にとって重要なのは勝つか負けるかではなく、楽しいか退屈か――ただそれだけなのだった。




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