深を知る雨

誰かの話





第四次世界大戦初期、

日本帝国側は連勝だった


各国は兵器以上の力を持つ

“超能力”への見方を変え、

新たな時代の脅威と見なした






 《18:00 国境沿い》


新ソビエト軍が大中華帝国へ進攻した時。

最新の兵器が、たった1人の女の力で次々と誤作動を起こし始めた。


『何だこれは、どうなってる!?』
『あそこに立ってるのは誰だ!』
『エスパーソルジャーか!?』


爆撃による黒煙の中、遺体が散乱するその真ん中に、たった2人の若者が立っていた。

対空砲火の弾幕が黒く上空を覆っている。

女は軍刀1本で敵に向かってゆく。

軍隊とはとても呼べない、たった2人の人間が、武装した新ソビエト軍へと突っ込んだ。

女の隣にいた男は、女と共に走りながら、彼女は正真正銘の化け物――自分と同族だと笑みを深めた。

同種をこれだけ殺して気を違えない人間の方が珍しいのだ。

妙な言い方をするが、彼女には人殺しの素質があった。

彼女は息をするように人を殺せる。

彼女は決して“もう嫌だ”と言わない。

どれだけ遺体を見ても、目の前に何体転がっていようとも、表情1つ変えずに動き続ける。

その様を不気味に感じるのは、敵だけではない。


(相変わらず最高にイってんなァ、鈴は)


返り血を浴びた頬を拭う女の姿を見て、男はぞくぞくしながら唇を舐めた。


しかし。

敵を容赦なく戦闘機から引きずり出し、次々と殺していった女は、ある時一瞬――――……ほんの一瞬、躊躇ってしまった。


「ッ、ぅぐ……ッ!」


殺そうとしていた相手に隙を突かれて狙撃され、女は死体の山へと転げ落ちる。

すぐさま隣にいた男がその兵士の息の根を止め、切羽詰まった表情で女を振り返った。


「鈴!!」
「いい!私のことは!早く行け!」


傷口を押さえながら叫んだ女に、男は頷いて走り出す。


「……っはぁ、はァ……ッ」


荒い息を吐きながら、女は自ら止血した。


――――自分は何故躊躇ったのか。

――――あの瞬間、頭に浮かんだ顔は誰のものだったか。


女は大きな溜め息を吐き、自嘲的に笑う。


「……千代さん。あんたの言う通りだ」


――――大切な人に大切にされていることを知れば、人は自分を粗末にできない。


自分がこんなことをしたら、自分を大切に思う人たちが悲しむだろう――彼女は、一瞬そう思い止まったのだ。

この生きるか死ぬかの戦場で。

相手を殺す時も、自分が死にかける時も、幸か不幸か自分を大切にしてくれる人たちの顔が浮かぶ。


「……麻里、…ほんと……余計なことしてくれたなぁ……」


女はあの日から、うまく感情を殺すことができなくなってしまっていた。



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