深を知る雨
誰かの話
《11:00 ロンドン》
「そろそろ動き出しましょうか」
女は紅茶を飲みながら、機嫌良さそうに鼻唄を歌う。
彼女の名前はナディア・モロニー。
青色の瞳と茶系の髪を持つ比較的大柄な女性――大英帝国軍の元帥である。
その正面にいる男の名は、ロイ・エディントン。
彼は彼女とは反対に、顔には出さないものの不機嫌だった。
こんな状況になるまで自分を動かさなかったことに対し、少々不可解に感じていたのだ。
「何か言いたそうね。どうぞ?」
「――敵国を消耗させるためとはいえ、大英帝国本土にここまで被害が広がるまで待つというのは、貴女にしては賢明な判断では無かったかと」
男の遠回しな侮辱に対しクスクス笑った彼女は、腹を立てることなくティーカップをテーブルに置き、緊急放送を続けるテレビの画面を一瞥した。
「だってあなたを動かしたらすぐに終わってしまうでしょう?それじゃあつまらないわ」
「……いつからそう、お変わりになったんですか?昔の貴女はそうではなかったはずだ。戦争を楽しみはしなかった。軍人の死者より民間人の死者の数が多い、そんな戦争を無くすために戦っていた」
「あら、そうだったかしら。でも人って変わるものよ」
「……」
男はまた違和感を覚えた。
ここ何年も、男にとって彼女は――昔よりもずっと扱いづらい存在へと変貌していた。
やはり違う。何かが違う。
そしてそれは、今こそはっきりさせるべきなのだ。
「……ナディア元帥。俺は、何年もずっと貴女に聞きたかったことがあるんです」
「あら、何かしら」
「貴女は一体――――」