深を知る雨
誰かの話
《11:02 ロンドン》
「―――――貴女は一体、誰ですか」
目の前にいるナディア・モロニーを名乗る女性に――変装能力を使った偽物であろう彼女に対し、男は鋭い視線を向けた。
しかし女は怯えることなく、寧ろ馬鹿にするように笑う。
「随分とつまらない質問をするのね」
8年前、ナディア・モロニーは実在していた。
心優しい優秀な軍人だった。
今この場にいるナディア・モロニーに殺されるまで、本物のナディア・モロニーは生きていたのだ。
「目の前にいるのが誰かなんて、要らない情報だわ」
見かけ上完璧すぎるほど何も違わない彼女は、しかしナディア・モロニーではない。
「安心しなさい。あたしだって優秀よ。どんな形になっても、必ずこちら側を勝利に導くわ」
男はこの女のことを得体が知れないと思っている。
だが同時に頼もしいとも思っているからこそ、彼女を野放しにしている。
「ほら、あたしって天才だから?」
自信たっぷりに笑う彼女が元恋人であることを、男は知らない。