深を知る雨


 《15:00 Aランク寮》里緒side


引っ越しロボットに荷物を預けた僕は、ソファに座って休んでいた。


「はっや!何よ里緒、もう終わったの?」
「まぁ里緒は私物少なそうやしなぁ」


驚く楓と、勝手に納得する遊。

あれから5年が経ったが、ここに薫はいない。

楓と遊はまだ薫を探している。

今年の夏には北欧へ行くらしく、僕もそれに付いていかされる羽目になった。

まぁ薫には世話になったし、多少は付き合ってやるか……なんて思っていると、楓が叫んだ。


「いった!ちょっと里緒!何か落としてるわよ!?踏んじゃったんだけど!足痛いんだけど!」


……どうやら僕は荷物をロボットに預ける際に何か落としたらしい。

立ち上がって楓の足元を見ると、そこには何度か部屋で見たペンダントが落ちていた。

ペンダントなんか僕が自分で買うとは思えない。

誰かからの貰い物だろうが、正直誰に貰ったのかもいつ貰ったのかも思い出せない程度の物だ。

しかし何となく捨てられずに今日まで置いてあった。

拾おうとして、ペンダントが開いていることに気付く。

中には小さな文字が彫られていた。



My beloved baby sister,
Tachibana Aika


それはきっと
貰った本人すら気付いていなかったであろう

姉から妹へのメッセージだった。




 《12:00 ローマニア》泰久side


第四次世界大戦が終わってから、国際協力が盛んになった。

俺たちSランク能力者も、国の方針で様々な国で慈善活動に取り組んでいる。

昨日はアフリカで、今日はヨーロッパだ。

そろそろ休みが欲しいものだと思う。

隣の一也が俺に問うた。


「瞬間移動輸送を使えば良かったのでは?」
「お前は瞬間移動酔いしやすいだろう」
「……泰久に気遣われるなんて癪です」
「どういう意味だ?」


睨んだが、一也はにこりと胡散臭い笑顔を返してくるだけだった。

俺たちが今乗っているのは殆ど人のいない電車だ。

瞬間移動輸送場よりはずっと混んでいない。


目的地に着き車内から降りると、駅の壁に沢山の落書きや名前が書かれているのが目に入った。

Bonnie、Арсеньевич、Denis、Anette、Herkko――。

アルファベットやらキリル文字やらが多く並ぶ壁の隅に、ふと漢字があるのを見つける。


“東宮泰久”

それは俺の名前だった。


……どうして、こんなところに俺の名前があるのだろう。


“一ノ宮一也”

一也の名前まである。



そして、その下に。



“橘哀花”



血のような赤い文字で、

記憶から消されてしまった女性の名前が

書かれていた。





――――あの日。

――――あの冬、俺たちは。



――――――――確かにここに存在していた。



「どうしたんです?」


後からやってきた一也が俺にそう聞く。


「……橘哀花」
「は?」


誰の名前だという風に聞き返され、思わず一也の胸ぐらを掴んだ。


「思い出せ!俺たちの幼馴染みだった女だ!お前が監禁するほど好きだった女だろ!」
「……何を言ってるんです?」
「橘哀花!この名前を聞いて何も思い出さないのか!?」
「いや、そう言われましても……」


怪訝そうに俺を見ていた一也は、ふと横の壁に目を向ける。

その眼球が上から下へとゆっくり移動した。


「――――……」


その目がある一点で止まり、一也は顔を強張らせる。


「……橘、哀花」


その名を呟いた一也は、ふっと笑って俺に視線を戻した。


「――――どうやら僕たちはこの5年、とても重要なことを忘れていたようですね」


一也から手を放し、脱力する。


「……帰るか」
「今回の仕事はどうするんです?」
「そんなものは後回しだ。ここ最近働いてばかりなんだから、少しくらい休んだって構わないだろう」
「同感です」


俺たちは、帰りに乗る予定だった電車に乗った。



「――――――探すぞ、何年掛かっても」




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