深を知る雨


と、その時。唐突に休憩所のドアが開き、最近よく見る顔が2つ現れた。

「こんなとこにいやがったか、底辺」

その2つとは、私の貸した雑誌を手に持つ薫と、その横で欠伸をしている楓の顔。

え、何でこの2人がここに。

薫は普段休憩所なんて来ないだろうし、楓なんて訓練所に来ていいのかすら分からない。

「えーっと…もしかしてその雑誌わざわざ返しに来てくれたのか?今度で良かったのに」

あの一件以来薫とはあまり喋っていなかったのだが、気まずいままも嫌だった私が間接的に趣味の本を薫に渡したのがきっかけで、なんだかんだ薫達との交流はまだ続いている。

「違ぇ。文句言いに来たんだ」
「は?何でだよ、お前そのグラビアアイドル好きだっつってたろ」
「俺が好きなのはこういうカッコじゃねぇんだよ、何だこのヒモみてぇな水着は。露出し過ぎだろ」
「そこがいいんだろ!?普段露出控えめのアイドルがパーッと弾けるからその奥に秘められた雌を感じられるっつーかさー!分かってねーな薫は!」
「分かってねぇのはお前だ底辺!見えねぇから出る色気ってもんがあんだよ、肌色ばっかじゃつまんねぇだろうが」
「は、肌色ばっかじゃつまんないって、お前、乳首が見たいのか!?変態め!!」
「んなこと言ってねぇだろうが!」

ぎゃーぎゃー言い争う私たちの隣で、楓は「男って…」と呆れた顔で溜め息を吐く。私は男じゃないですけどね。

そういえば、楓は何でここにいるんだろう。

「楓、ここ来ていいのか?」
「父親に呼び出されたからたまたまこっち方面来ただけだし、女性の入隊禁止って言っても女性が訓練所に入っちゃだめってルールはないでしょ」

そう言われてみればそうだ。楓の父親って、確か軍の総司令官って言ってたっけ。呼び出されることなんてあるんだ。やっぱ親子だからたまには会いたいのかな。


「………哀、こいつら、何?」

怠そうに煙草の火を消して、それまで黙っていた小雪が問い掛けてくる。

「仲良くなったの?」
「仲良くなったっつーか………まぁ、ちょっと話すようにはなったかな」
「…ふうん」

薫達に意味ありげな視線を向けた小雪が立ち上がる、と、―――次の瞬間、薫がいなくなっていた。

「えっ!?」

何の物音もさせずに消えたのだ。あいつは忍者か、と焦ってキョロキョロしてみるがやはりいない。

「―――うるさかったから訓練所の外まで跳ばしちゃった。俺はそろそろ行くね。またね、哀」

にこりと笑って軽く手を振りながら、私を置いて休憩所を出ていく小雪。

ああ、そうか、小雪が瞬間移動させたのか。

「…ごめんな楓、あいつちょっと人見知りっていうか、あんまり知らない人に対しては冷たいからさ…」
「別にいいけどあんた、瞬間移動能力者と一緒にいて大丈夫なの?」
「え?」

質問の意図が分からず聞き返すと、――楓はまたもや私にとって驚きの言葉を発する。

「物を移動させる時に形状分かってないと大変でしょ。瞬間移動能力者の空間を把握する能力は気流操作能力者以上よ」

………何ですと?

「……まさか知らずに一緒にいたの?意外。ちゃんと抜けてるとこあるんだ」
「何言ってんの、私なんて抜けてるとこだらけじゃん!?」

もっと早く言ってくれ、なんて理不尽なことを言いかけたが、楓は私が瞬間移動能力者と友達なんて知らなかったのだから仕方ない。

「まぁ、あいつがあんたを跳ばそうとしなけりゃ大丈夫なんじゃないの?瞬間移動させる対象にさえならなければあんたの周りの空間を把握しようなんて思わないだろうし」

確かに、小雪が私を跳ばそうとしたことはない。だからこそ今までバレなかったのだろう。しかし、今後そのようなことがないとも限らない。

「…ちょっとずつ距離を置いていこうかな」
「…それでいいわけ?友達なんでしょ?」
「そう、だけど。こうなったら止むを得ない」

楓はもう知ってしまっているのだから仕方ないとして、私の性別を知る人間はできればいない方がいい。口止めしなければならない相手が増えれば負担も増える。小雪と仲良くやっていけないのは残念だけど、優先順位を間違えるつもりはない。私は友人関係の構築のためにここにいるわけではないのだから。

……“友達”は終わりか。

そう思うと、少し悲しくなった。



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