深を知る雨


 《20:30 隊長室》


「………また君か」

スマートロックされたドアのロックを勝手に解除し、ノックもせず部屋に入った私を、隊長は不機嫌そうな表情で迎えた。

「お疲れですね」
「そりゃ隊長だからな、色々疲れることもあるさ」
「昨夜も駅前のラブホで浮気相手と全力で疲れることしてましたもんね!」

こんな時刻だと言うのに珈琲を飲んでいた隊長は咳込み始める。悪いが、隊長の携帯の中身は随時チェックしているので浮気相手とのやり取りは筒抜けだ。

「あそこ私も行ったことありますよ。立地だけが取り柄ですよね」
「………私をからかいに来たのか?」
「まさか。それだけじゃありません」

私は隊長のデスクの前方にある、向かい合う2つのソファのうち片方に腰を掛け、足を組んだ。

「暫く訓練の指揮をSランクの2人に任せてみてくれませんか」
「……はあ!?」
「東宮泰久にはA、B、Cランクを、一ノ宮一也にはD、Eランクを任せてください」

隊長は眉を寄せて珈琲カップをデスクに置き、真剣な声で言い返してくる。

「君は超能力部隊の方針まで決める気か?いくら何でも、そこまで言いなりにはなれない」

浮気相手には言いなりになってるのにぃ、と言いそうになるのを抑え、代わりの言葉を探した。こんなことを言いたくは無かったのだが、この際だからはっきり言わせてもらおう。

「隊長、あなたにはもう昔のような軍才はないんですよ」

能力というのは歳と共に衰える。能力開発が始まって間もない頃、かつての日本唯一のAランクとして活躍していた隊長も、今はその能力を殆ど使えない。

「この隊の連中は強い指導者に付いていきます。超能力部隊を上手く扱えるのは、隊長ではありません」

私の言葉は隊長のプライドを傷付けるものだろう。分かっている。

しかしきっと、こんなことは私が言わなければ誰も言わない。

「あなたにあるのは、指揮する者を指揮する力です。あなたは多くの超能力戦を経験してきた。その経験が武器となる。あらゆる場面での指揮の仕方を、指揮する者に教えてやってください。あなたは兵士への指揮をしなくて構わない」
「……、…」
「あなたを無力だとは言っていない。ただ、その指導力の使い道を間違えたくない」
「……君は…」
「私の言う通りにしてください。そうすれば、超能力部隊は生まれ変わります」

隊長もそこまで頑固ではない。これだけ言えばこのことについてよく考え、今後の方針を見直すだろう。

今夜はこの後また中国へ行く用事もあるため、私は早々に退室することにして立ち上がる。

「……君は、似ているな」

部屋を出ようとした時、後ろにいる隊長がぽつりと言った。

「人間の長所と短所を見極めて正確に扱おうとする、そういうところがそっくりだ」

誰に、というのは、聞かずとも分かる。

「……似ても似つきませんよ」

それだけ言い残し、部屋を後にした。




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