深を知る雨
2201.12.11
《0:15 専門料理店》
あー、食べた食べた。
お腹一杯になった私は、帰るつもりでティエンと共にエレベーターに乗った。こんなに食べたら明日朝ご飯いらないかも……なんて考えていると、私よりもボタンの近くにいるティエンが、エレベーターの【6】のボタンを押す。
「…何で上行ってんの?」
「ここねェ、6階は広い宴会場なんだ。今日はそこ貸し切った」
宴会場と言われても、宴会なんてする予定はない。時刻を見ると、もう日付が変わってしまっていた。そろそろ帰らないと明日の訓練に響く。
……っていうかティエンを叱るつもりでここへ来たってのに、何やってるんだ私は!
ただ食べてただけじゃないか。
「ティエン、忘れてたけど私はお前が味方の戦闘機を壊したことについて話しに―――」
ポーン、という音がしてエレベーターのドアが開く。そこには広い空間が広がっていて、ティエンは躊躇うことなくそこへ足を踏み入れた。
おい、人の話は聞け。
その背中を追って後ろを付いていくが、ティエンは私の方を見ないまま、宴会場の中心で足を止めた。
………何か、様子がおかしい。
「そんなにボクに言うことを聞かせたいなら―――実力行使してよ」
そう言って私を振り返ったティエンは、ものの数秒で狼の姿へと変化する。
変化に掛かる時間と変化後の大きさからして、推定Bランク。なるほど、“猛獣”というのは比喩ではなかったのか。まさか獣化能力まで持っているとは思わなかった。
『本来のボクに人の肉を食べる趣味はないけど、他の姿になると食べたいと思う対象まで変わるんだよねェ。今は―――鈴が食べたくてたまんないなァ』
どこから声を出しているのか分からないが、とにかく人の言葉は話せるらしい。
…狼は滅多に人を食べたりしないと思うんですけど?
後ろで扉が固く閉ざされる音がした。能力で開けようとしたが無理だった。私の能力で開けられる種類のドアではないらしい。というかこの宴会場には私の能力で操れる物がない。
こんな明らか不利な状況にしたということは、私と純粋に戦いたいわけではないだろう。
同盟国とはいえこちらの手の内を全て見せるつもりはないから、大中華帝国軍の上層部に明かしている私の能力は一種類だけ。
しかし―――おそらくティエンは今、私の隠している他の能力を把握しようとしている。
状況的に、殺さず押さえ付けるのは難しい。でも中国人唯一のSランク能力者を殺すことは日中関係の悪化に繋がるし、同盟国の貴重な戦力を削りたくはない。
殺さず、私の能力もバレないように、倒さなければならない……どうしたものか。
『何考え事してんの。ボクが本気じゃないって思ってるゥ?』
ティエンがそう言ったのと、私の方へ向かってきたのは、ほぼ同時だった。
「…!……ッ、ぐっ、…あ…っ…」
――――右肩を、容赦なく噛まれた。肩を押さえて倒れ込む私の耳に、楽しげな声音が入ってくる。