深を知る雨
「底辺底辺うっさい」
「あ?」
「能力レベルの良し悪しで人の優劣決めんな。Eランクだって強くなろうとしてんだよ!努力家なんだからな、馬鹿にすんな!」
そこまで言って、シン……と食堂内が静かになっていることに気付いた。自分で思っているより大きな声を出してしまったらしく、皆こっちを見ている。
し、しまった……目立たないように生活してきた私の半年間の努力が今無駄に……。
「――なよなよしてるくせに、意外とハッキリ物言う奴だな」
にやり、と大神薫が怪しげな笑みを浮かべ、何故だか準備運動をし始めた。
「いいぜ、相手になってやる。かかってこいよ」
何で喧嘩する方向に話を持っていくんですかね。
「べ、別に喧嘩したいとは言ってないんですけど!?早とちりすぎでしょ!」
「あぁ?能力レベルの良し悪しで決めんなってことは、能力抜きの強さで勝負しろってことだろうが!」
「野蛮!チョー野蛮!そんなんじゃ女の子にモテないぞ!!」
「はぁ?お前みてぇななよなよした男がモテるとも思えねぇけどな!」
「モ、モテますぅー!オレは将来エロエロ美女と付き合うんですぅー!!」
―――と。そこで。
「その辺にしときぃよ」
垂れ目の、真っ黒な髪をした高身長の男が大神薫の隣に立つ。茶髪の隣に立つとよりその髪の黒さが引き立つ。目が死んでいるが、そこに妙な色気があった。
小雪に目だけで説明を求めると、また小声で教えてくれた。
「あれは相模遊《さがみゆう》。読心能力者で大神薫と同じAランク。以前冗談半分で隊で行われたアンケートの“抱かれたい男ランキング”では1番だったよ」
「冗談半分で何やってんだよ…」
まぁ男ばっかりだし毎日訓練厳しいし、そういう発想に逃避しちゃうのも無理はない。
Aランクの読心能力だと性行為の最中に相手の心を詳細まで読めるだろうし、どこが気持ちいいのか分かるだろうし、テクニシャンなんだろうな……って何を考えてるんだ。
「弱いもんいじめは良うないやろ。まして相手はEランクやし。メロンパンは今度にして、今日は別のモン食ったらええやん」
口元に浮かべる笑みを崩さず、相模遊は大神薫に話し掛ける。やっぱりどこかEランクを馬鹿にした言い方だ。悪気はないんだろうけど、どうしても弱っちく見えちゃうんだろうか。
「……確かに、“弱いもん”いじめは良くねぇな」
大神薫はニヤニヤしながら“弱いもん”を強調し、メロンパンをこちらに投げてきた。
大神薫と相模遊が通り過ぎた後、一歩後ろにいた小雪が私の隣に立つ。
「気にしなくていいよ。高レベルな能力者ほどEランクや無能力者を人間として見ない傾向は多少なりともあるからね。視野の狭い連中なんだって思えば…」
「いい奴だな、あいつ。金払ってないのにメロンパンくれたぞ!」
嬉しくなって思わず小雪の言葉を遮ってしまったが、今はとにかく小雪にメロンパンをあげられることが幸せだ。
「はい、小雪!誕生日おめでと!」
先程貰ったばかりのメロンパンを小雪に差し出すと、小雪はちょっと驚いた顔をした後、少し面白そうにそれを受け取る。
「ありがと。……哀ってさ」
「ん?」
「いつも元気で前向きで一生懸命で可愛くて―――まるで女の子みたいだよね」
私の顔に少し顔を近付けて言ってくる小雪に一瞬固まってしまったが、すぐに「な、何言ってんだよ。こんな男らしい男いねぇだろ?」と冗談を返した。私が女だと確信できる証拠なんて今のところ小雪には掴まれてない。それは分かっていても急にそんなことを言われると少々焦る。
わ、話題を変えよう……。
「Aランクって確かこの隊には3人いたよな?もう1人はどんな奴なんだろ」
「……さぁ、滅多に顔出さないからね。“抱きたい男ランキング”で1番だったのは覚えてるけど」
抱かれたい男アンケートだけじゃなく抱きたい男アンケートもやってるのか。欲求不満にも程がある、と思っていると、小雪が余計な一言を付け足した。
「俺の中の抱きたい男ランキングNo.1は哀だけどね」
「…………お、おう…そうか」
そんな笑顔で冗談なんだか本気なんだか分からないことを言わないでほしい。