深を知る雨
躾のなってない狼を黙らせることくらい、超能力を使わなくてもできる。
私は服の中から瞬時に超能力抑制銃を取り出し、すぐさまティエンを打った。ティエンのような収容能力が無くても、武器の1つや2つ、服の中に隠し持てる。衣服って凄い。
「お前みたいな男と会うのに、武器を持ってないはずがないでしょ」
銃弾を受けたティエンは、狼の姿から人の姿へと煙を出しながら変わっていく。完全に元に戻ったのを見届けてから、私はティエンを思いっきりビンタした。
「ッいってえええ!」
「私はお前に噛まれてもっと痛いんだけど?」
能力は封じたしもう大丈夫だろうと思い飛行監視カメラを窓から戻す私と、唇を尖らせるティエン。
「ちぇ。結局今回も負けかァ」
「どうせ勝てないんだからいちいち喧嘩売ってくるのやめて」
「うーわ。随分な自信だね。……いつかその余裕ズタズタにしてやる」
「はいはい。窓の修理費はティエンが出してね」
頃合いを見計らったかのように閉じていた宴会場の扉が開き、私はようやく帰れるようになった。大きな音がしたから、管理人がこちらへ向かっているのだろう。
「そーそー。鈴に一つ土産話があってさァ」
さっさと帰らなければと急ぐ私の前に、ティエンが立ちはだかる。
「一ノ宮一也、だったっけェ?あの男には気を付けた方がいい」
……その名をどこで知ったのか。なるほど、同盟国の状況を探ろうとしているのはこちら側だけではないらしい。
それにしてもSランク能力者の名前が他国に漏れているとは……機密情報の管理すらまともにできないのか、うちの軍隊は。
「あの男の家は代々国際的に活躍してるらしいじゃん?非合法的なお仕事にもいくらか手を染めてるみたいだし、戦時中ですら敵国に物資を売っていたことがバレて差別の対象にされたとか」
「……だから何。気を付けなきゃいけない理由ある?」
そんなことはとっくに知ってる。戦前でさえ嫌な目で見られていた一ノ宮家は、敗戦後人々の不満をぶつける対象となってしまい、“自分達の利益のみを追求する汚い一族”として扱われ、戦争に負けたのはお前らのせいだとまで言われていた。でも私は個人として一也と関わってるし、一也の家のことはどうでもいい。
…しかしティエンが言いたいのはそういうことではないらしく。
「違う違う。ボクが気を付けろって言ってんのはそのことじゃなくて、マカオで何かやってるみたいってことだよ」
何かって何だ。ぼやっとしか分からん。
「誰しも知られたくない裏の顔ってもんがあるでしょ。一也が何をやってたって私は気にしない。私だって、こうも頻繁に中国に来てるなんてバレたくないし」
「まァそれもそっか。……でもこちら側としては、そろそろ一ノ宮一也のことは目に余ってきてるんだよねェ。水面下で支配範囲を広げてるみたいだし」
「……支配?」
「あー、ほんとに知らないんだ?ならいいけど。」
興味が失せたかのように私より先に宴会場を出るティエン。
……支配って、なんだ。
よく分からないまま、私も宴会場を出た。