深を知る雨
不意に一也が端末を見ていた私の隣にギシリと音をさせて座る。かと思えば、ゆっくり私の背中に手を回し、強く抱き締めてきた。痛くないよう気遣って、肩の辺りには力を入れないようにしてくれているのが分かる。
「あまり、危険なことは、しないでください」
一也の声は、泣きそうに感じられる程震えていた。そこでようやく一也が私を酷く心配していることを知る。
私を包み込めるんじゃないかってくらい大きな体の男が泣きそうになっているのだ。
「……ごめん」
「あなたはいつも、僕の知らないところで無茶をする」
「ごめん一也」
「こんな小さなお身体で…!急に怪我をして帰ってこられる僕の気持ちにもなってください!」
「し、しー!一也、声大きいよ。泰久にバレちゃう」
慌てて手で一也の口を塞ぐと、一也は少し落ち着いたのか目を閉じた。その様子を見た私はそっと手を離し苦笑する。
「一也はほんと、優しいね」
……私みたいな勝手な人間のことなんて気にしなくていいのに。
「…僕は優しくなんてありません。あなたが僕を暗示にかけているようなものですよ。あなたが僕のことを優しいと言うから、僕はあなたに対して優しくなる。…普段の僕は、もっと…怪物のような生き物なのに」
「えー、怪物?全然そうは見えないけどなぁ」
「何も知らないだけです、あなたは」
一也は私に触れるだけのキスを落とす。一也からされたのは久しぶりだった。
「…何、ヤる気になった?」
「こんな時間帯とはいえ泰久様のいる寮ですから、当然無理です」
ちょっと期待したのに即答されてしまう。
ちっ、変なとこで頑なだなぁ。こっちは暫くヤってなくて欲求不満だってのに。
「……まーSランクには性欲解消するための女の子がいるもんね。そりゃ私なんて必要ないよね」
「……え、…」
何気なく放った言葉に、一也があからさまにうろたえる。
あ、そういえば一也達はこのこと私に言ってなかったんだっけか。ていうか多分隠そうとしてたんだよね。
「…知っていたんですか?」
「…まーちょっと、そういう話になってね。いいよねそっちは。ヤれる相手がいて」
ちょっと嫌味な言い方をしてから、私はベッドから立ち上がる。
泰久に抱かれている、会ったこともない女性を想像すると、ちくりと胸が痛む。恋心というのは厄介なものだ。優しくしてくれた一也にまで嫌なことを言ってしまった。
少しの後悔を感じながらも、私は泰久にバレないうちにと寮を出た。