深を知る雨

気を取り直して別の口説き文句を考えていると、

「……何やってんだ、お前」

Aランク寮から出てきたらしい薫がこちらへ向かってくる。そして私の隣にいる女性を見て、「Sランクの雪乃嬢か」と珍しいものを見るかのような目でじろじろ私の運命の相手を見る。

え、これが例の。泰久や一也の性欲処理のお相手……。そっか、今Sランク寮へ向かうとこだったんだ。

「薫、この人と知り合いなのか?」
「いや。こんな近くで見たのは初めてだ。噂には聞いてたが相当な美人だな。あの無愛想な東宮ともヤりまくってんだろうなぁ」
「……私、泰久様には抱かれたことがありません」
「は?マジで?あいつ機能してねぇの?」

下の話が苦手そうな女性相手にも遠慮ない薫は、楓以外の女を女として見ていないんだと思う。

「……忘れられない女性がいるとおっしゃっていました」
「聞いたか、底辺。こんな美人前にして“忘れられない女性”だとよ。どんなテクニシャンとヤったんだよ、あの男」
「…いえ…そういった意味ではなく、忘れられない恋をしたという意味だと思います」
「…“忘れられない恋”?男の感情と性欲は別だろ。どんだけ好きな相手がいても他の女に性欲は湧くんじゃねぇの。なぁ、底辺?お前だって好きな女以外に勃ったことあんだろ?」

いちいちこっちに答えにくい話を振るなよ!

そもそもついてないんで……と言えるはずもなく、

「そうじゃない男もいるってことじゃねーの?」

と曖昧な返事をした。

「そうじゃないと、こんな魅力的な女性放っておくわけないじゃんか」

そう付け足すと雪乃は顔を上げ、じっとこちらを見つめてくる。

……泰久はこんなに綺麗な人でも抱かないんだ。今まで感じていたモヤモヤが僅かに晴れるのを感じた。泰久はそう簡単に女性を性欲処理の道具として見れるような人間じゃないのだ。

「すみません……そろそろ行きますね」

雪乃は軽くお辞儀した後、小走りでSランク寮へと向かっていく。

……好きだなぁ。ああ、本当、好きだ。泰久が好きだ。“あの人”に夢中で、夢中過ぎて、性欲と感情を分けられない不器用な泰久が好きだ。……同時に少し悲しくもなるけれど。

Aランク寮に入ると、居間には既に薫と遊がいた。向かい合った2つのソファにテーブルを前にして座っている。テーブルにはピザが置かれていた。

「このタイミングでイタリィ料理か」

隣の薫はそれを見て苦笑し、遊たちに聞こえない程度の声でぼそりと言う。

薫ってまめに情報チェックしてるんだな。まだそこまで出回ってる話でもないと思うんだが……賢い人はやっぱニュース好きなのかね?

イタリィはつい数時間前、大英帝国と軍事同盟を結んだ。これまで関係が悪かったというわけではないのだが、もうすぐこちらとも敵対するようになるだろう。とはいえ料理に罪は無い。イタリィ料理は最高だ。食べよう食べよう。

お金は薫達と割り勘。私はソファに座りピザを手に取って、映画を観る前にと確認したかったことを質問する。

「里緒はどんな感じなんだ?」

里緒には弱点を克服して貰いたいし、男が近付いて来ても自分の意思で能力をコントロールできるようになってほしい。

「最近遊や薫がいても居間に来るようになったわよ。遊とはちょっと仲良くなったわよね?」
「そーやな。俺と薫やったら俺の方近付いてくるもんな」
「薫が警戒されすぎなのよ。もうちょっと優しい顔してあげたらどうなの」
「嫌いなんだよ。ああいう、不幸面してる奴」
「子供みたいなこと言わないの」
「子供?子供なのはあいつだろ。男に突っ込まれそうになったから何だってんだ。そんな不幸話この世界じゃいくらでもあんだろうがよ。自分1人可哀相みたいな顔してんのが気に食わねぇ」

薫の言葉に、楓も遊も黙り込んでしまった。



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