深を知る雨



「――何なら殺してやろうか」

不意に、薫は私たちに挑発的な笑みを向ける。

「めんどくせぇから殺してやろうか、里緒を襲った奴ら。確かまだ生きてんだろ?軍追い出されて普通の生活送ってんだろ。そいつらが死んだらあいつも楽になるんじゃねぇの」
「……薫、」
「何も俺が直接殺すなんて言ってねぇ。能力を使って殺すんだ。超能力は人の力を超えた力だ。超能力で人を殺すのは人が人を殺したことにはならねぇ。そう思わねぇか?」
「薫!」
「安心しろよ、苦しめて殺す。何なら里緒に見せてやろうか。そいつらがもがき苦しむ姿を」

楓が怒鳴るが、薫は冷たい笑みを浮かべたまま問い掛け続ける。

「……薫、その辺にしとけ」

代わりに薫を止めたのは、遊の冷静な声だった。そこで薫はようやく楓の表情を見て、その悲しそうな表情を見て、

「……言い過ぎた」

そんな顔をさせた自分にイラついたのか眉間に皺を寄せて反省の言葉を口にする。

……やっぱ楓には弱いんだな。

しかし楓は薫を許す気はないらしく、吐き捨てるように言う。

「もういい。薫が里緒と仲良くなるまで薫とは喋らない」
「……は?」
「薫と里緒が熱い抱擁を交わせるようになるまで喋らない」
「いくらなんでもそれは無理だろ!」
「は?文句あんの?」

ひえっ。楓超怖い………。

楓の冷たい眼差しと声に口元を引き攣らせる薫だったが、楓は自分と里緒の分のピザだけ持ってさっさとエスカレーターに乗り、里緒のいる上の階まで行ってしまった。

「あーあ、怒らせてしもたな」

遊は溜め息を吐いて足を組み替える。薫は反省する子供のように床を向いて黙っている。とても映画を観るとかいう空気ではない。

「人を殺すとか殺さんとか、そういう話楓が嫌いなん知っとるやろ」
「そーだそーだ!知ってるだろ!」
「楓の機嫌取るんは大変やで。こらほんまに里緒とハグせなあかんやろな」
「そーだそーだ!抱擁を交わせ!」
「しゃあないやろ。お前が怒らせたんやから」
「そーだそーだ!怒らせたのはお前だ!」

「お前は黙ってろぉお!」

面白いからひたすら遊に同調していると氷を投げられた。痛い。てか氷ってどこから……ああ、空気中の水蒸気を固体に変えたのか。

便利な能力だな。状態変化させられるのは水だけじゃないんだろうし、めちゃくちゃ応用利く能力じゃん。そりゃ何か弱点はあるんだろうけど、こういう能力者がAランクにいてくれると心強い。

「薫、ほんとに里緒のこと嫌いってわけじゃねーんだろ?」
「あ?」
「遊からちょっと聞いたけど、遊が上に里緒のこと報告しようとした時里緒が処分されること懸念して止めたらしいじゃん」
「別に止めたんじゃねぇ。処分される可能性があるっていう事実を伝えただけだ」

それ止めてるじゃん、と言いそうになったが、今何を言っても素直には答えてくれないだろうと思い口を閉じた。

「薫は里緒のこと理解できんってだけやろ」

次に口を開いたのはソファに座っている遊で、缶コーヒーを一口飲んでから言葉を続ける。

「“男に掘られかけた程度で”って思っとるんやろ?お前の周りにはそれ以上のことをされてた奴らとか、それを仕事に生きてる奴らとか、ようさんおったもんなぁ。でもな、自分やそいつらと里緒を比べたらあかん。育ってきた環境が違う。今までおった世界が違うんや思たらええ。お前と里緒は別モンや。どっちの方が不幸とか、そもそも同じ舞台に立ってないねんから比べれらんやろ」

何で遊が薫の育ってきた環境を語れるんだろう。

「……遊と薫って、もしかして小さい頃からの仲なのか?」

でも確か遊は小さい頃神戸にいたらしいし、そんな時から薫を知ってるとは思えないんだけど。

「出会った頃、まだ薫のこと信用してへん時に、記憶読んだんよ」
「えっ…記憶も読めんの!?」
「眠っとる相手やったらな。……お前に対してはどうか分からんけど」

意味ありげな視線を向けてくるから、今度試してみようと思ってることは丸分かりだった。怖い怖い、とこちらを暴こうとしてくる遊に内心脅えながら薫の方に向き直る。

「薫って凄い環境で育ってきたんだな……」
「ストリートチルドレンみてぇなもんだったんだよ、昔はな。能力者兵士の需要が高まって軍に引っ張られるまでは。戦争に参加して初めて、ちゃんとした仕事――“役割”と“価値”を与えられた。それまでゴミクズ同然に扱われてきたってのに」

“ゴミクズ同然”という言葉に妙な衝撃を覚えて何も言えなくなった私に、変に同情されるのが嫌なのか「よくある話だ」と付け足した薫は、ピザに手を付け始めた。

大小はともかく、度重なる戦争の影響で、そんなことがこの日本で“よくある話”になってしまったのだ。

「おら、底辺、早く食わねぇと昼休憩終わんぞ」
「え?あっ…そうだ!」

今日は午後の訓練が始まるまでに第二グラウンドまで移動しなきゃいけないし、時間的余裕を持って行かなければ。

急いでピザを頬張りながら窓の外を見ると、そこには雲1つない青空があった。




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