深を知る雨
《13:40 第一グラウンド》遊side
どういうわけか午後はA、B、Cランクの合同訓練ということになり、これまたどういうわけかSランクの東宮泰久が指示を出している。B、Cランクを能力の種類別に分けてそれぞれで練習させ、Aランクだけ残された。
里緒は見慣れない男である東宮が余程怖いのか俺の近くにいる。こんなに近付かれたのは初めてだ。
東宮は俺たちに一体どんな訓練をさせるつもりだろうか。
と。
「Aランクのお前らは、俺と戦え」
東宮がそう言い終わるか言い終わらないかのうちに、水がどっと押し寄せてくる。
こいつ、水を操作できるだけやなくて何も無いとこから生み出せもするんか。相当なもんやな。
薫が咄嗟に能力を使ってその水を氷に変えて止めるが、次から次へと水が押し寄せ、その水圧に耐えるだけでも精一杯の様子だ。
戦えと言われても、能力を使っている最中の相手の心は読めないし、ここは薫や里緒に頼るしかないだろう。
元々戦闘向きの能力ではないのだ。
戦時中も戦闘することは殆どなく、捕虜やスパイ容疑の掛かった人間の尋問をする役割だった。
里緒がグラウンドにある物を東宮にぶつけようとするが、尽く水で弾かれる。
東宮は能力を使いながらゆっくり歩いて俺たちと距離を置き、遠くから俺たちの出方を観察している。
「薫、余裕あるか?」
「ねぇよ!こいつ水の量増やしてきてんぞ」
薫が能力の使用をやめれば俺達の方にも水が押し寄せてくるだろう。
……薫は手一杯として、使えるのは里緒だけか。
「里緒って東宮を動かせたりできるん?」
「……無理だ。生物は自分しか動かせない」
早速手段に窮してしまった。同じ軍にいるとはいえSランクについては隠されていることが多く、俺達は東宮の持つ他の能力を知らなければ、水流操作の限界も知らない。
……あぁ、そうか。それが訓練ってことか。得体の知れない能力者を相手にする訓練を、東宮は俺達にさせたいのだろう。
「ほんなら、できるだけ多くの物をあらゆる方向からあいつにぶつけようとしてみてくれへんか?」
今この場で里緒に頼みを聞いてもらえるとしたら俺だけだ。
最初はメモ用紙に書いたメッセージを楓を通して渡すだけだったが、最近は里緒が楓と一緒にこちらへ来ることも多く、直接短い会話もできるようになっている。
俺が里緒を襲った奴らとは違い、攻撃型の能力者ではないということもあるだろう。
以前までの訓練ではできていなかった協力だが、今なら多分できる。
「……分かった」
予想通り俺の言うことを聞いてくれた里緒は、B、Cランクが訓練に使っている器具を勝手に操り、四方八方から東宮を攻める。
しかし東宮は表情を変えることなくそれらを全て弾き飛ばした。
Sランク能力者の最大出力は桁違いだと聞いてはいたが、本当に能力の限界が見えてこないので困る。弱みを見つけられない。
「東宮の能力を別方向に向かわせる方法ならいくつかあんぞ。手段を選ばねぇならな」
久しぶりに全力で戦える能力者と対峙して喜んでいるであろう薫は、何か企んでいる時の笑顔を浮かべて反則紛いのことを言い出す。
「俺があそこにある訓練用のガスボンベに圧を掛けて爆発させる。そうすりゃ東宮はそっちの対処に向かはざるを得なくなる。その間に里緒が全力であいつを攻撃すれば――」
「たかが訓練でそこまでする必要はないだろ。そもそも何で僕があんたの提案を受け入れなきゃいけない?」
―――薫の言葉を遮った声は、里緒から出たとは思えない低い声だった。
薫という“男”への嫌悪感が滲み出ている。
「………あ?」
ドスのきいた声を出して里緒を睨む薫だが、里緒は薫の方を見ず澄ました顔で立っている。
おいおい、訓練中に喧嘩すんなよ。
今までは訓練中でも会話1つ無かったのだから大きな進歩とも言えるが、こんな調子じゃ抱き合える関係になれるわけがない。
……楓もなかなか無茶なこと言うなぁ。