深を知る雨
《18:10 Cランク寮》
Cランク寮には初めてきたが、受け付けにあるパネルで小雪の名前を検索するとすぐに小雪の部屋の部屋番号が分かった。寮に帰ってくる隊員が多くエレベーターが空くのを待っていると時間が掛かりそうだったので、エスカレーターを使って上へ上がる。
何とか迷わず小雪の部屋にたどり着いた私は何度か呼び鈴を鳴らしてみたが、ドアが開く気配はない。本来はこんなことしちゃ駄目だが、無理矢理ロックを解除して部屋に入った。
「小雪、入るよ?」
入ってからそんな声を掛け、部屋の奥に進む。カーテンの閉められた暗い室内にあるベッドに、小雪が壁の方を向いて横たわっているのが見えた。
「……お、おい。小雪、大丈夫か」
その背中があまりにも弱々しく見えて、部屋の電気を付けて駆け寄る。
「……哀…?」
声までも弱々しいのだからたまらない。怖くて小雪に触れる指が震えた。
本当に大丈夫なんだろうか。死んだりしないよね?
心配する私だが、小雪は怪我とは全く関係ないことを聞いてくる。
「どうやって部屋、入ってきたの」
「へ!?い、いや、ちょっと……実はそういうの得意なんだよね。そういうツールがあるっていうか……」
我ながら何だこの嘘の吐き方は。これじゃまるで私が頻繁に他人の部屋にこっそり入って盗みを働いてるみたいに聞こえるじゃないか。
「……弱ってる男の部屋に上がるって、食われてもいいってこと?」
小雪はお腹を押さえながら寝返りを打ち、私を見上げてくる。
「食う、って……腹減ってんのか!?何か買ってこようか?言ってくれたら何でも……」
「そういう意味じゃないよ」
「じゃあどういう、」
「ハメられてもいいのかって聞いてるの」
「ハッ…!?」
直接的な言葉にうろたえる私を見上げながら、小雪は脅迫じみた言葉を吐く。
「ていうか、哀に拒否権はないよ。―――女だってこと、バレたら困るよね?」
「っ、」
思わず逃げようとした私の手首を、小雪は怪我人とは思えない力で掴んで引っ張ってくる。ま、待て、何だこの展開は。
獲物を捕まえた肉食獣みたいに目をギラギラさせてる小雪は、少し汗ばんでいた。振りほどこうとしても振りほどけない。私だってそこそこ力が強いのに、小雪はそれよりも力が強いらしい。
小雪は寝転がったまま私を抱き寄せ、ころりと転がるようにして私を下にした。数秒にして簡単に押し倒されてしまったのは、きっと私が動揺しているからだろう。
「……い…いつから知ってたの?」
「んー、最初から?」
「さ、最初って、」
最初っていつだ、と聞こうとしたのに小雪の唇が私の口を塞ぐ。
………こ、この人マジだ!マジでヤる気だ!
唇を割って入ってきた舌の熱さに、本能的に下半身がぞくりとした。暫くヤってないってこともあって、妙なスイッチが入りそうになる。
駄目だ、冷静になれ。この隊にいるためなら、どんなことでもしなきゃならない。
唇と唇が離れた時、至近距離の小雪に向かって小さく言った。
「……私が女だってこと知ってるなら、私、小雪のこと始末しなきゃいけないんだけど」
初めて小雪の前で“私”という一人称を使った。
「哀はそんなことしないよ。脅し返そうとしたってダーメ」
「何でそんなこと言えるの?小雪は私がどんな人間だって思ってるの」
「そりゃ哀の全てを知ってるわけじゃないよ。でも、哀が俺をどうにかしたりしないっていうのは分かる」
「……」
「だって俺達友達でしょ?」
―――ああ、くそ、そんな言い方は狡い。そうだ。私に小雪をどうにかするなんてできやしない。
本当はもっと非情にならなきゃいけないんだって分かってるけど、でも―――小雪にバレてしまったのだから、もう隠す必要は無いと、もう避ける必要もないと、ほっとしている自分がいる。
私も感情のある人間なのだ。こればかりはどうにもできない。
「……分かった、分かったから、…とりあえずは電気消して」
「うん」
口ではうんと言っているのに電気を消す素振りを見せない小雪は、自然な動作で私をベッドに押し倒す。服に血が滲んでるくらいなのに、どこからそんな元気が出てくるのか疑問だ。
「……いや、あの、消してってば」
「んー、もう面倒だから脱がすね?」
私の言葉を聞いているのか聞いていないのか分からない小雪が私の衣服を瞬間移動させたせいで、私は一瞬にして素っ裸にさせられてしまった。
「ぎゃあああああっ」
「しー…」
「ちょ、早い!早いって!こういうのは服をじわじわ脱がしていくもんじゃん!?」
「知らない。」
小雪がこちらに近付いてきたことでぎし、とベッドが軋んだ。
「っふふ」
「人の体見て笑うって失礼じゃない!?」
「いや、なかなか小振りで可愛いなぁって思って。さらしとか巻いてるのかなって思ってた」
男のふりをするにあたって胸が小さいのは好都合だったが、そうまじまじ見られると恥ずかしくなってくる。
ていうか小雪は服着てるのに私だけ全裸なのがそもそも恥ずかしい。ふと小雪が一也に処置された私の肩を見る。
「……哀も怪我してるの?」
「……あ、あぁ……うん、ちょっとね」
「そっか。じゃあ優しくしないとね」
ちゅっと私の首筋に軽くキスした小雪は、私の知ってるいつもの小雪じゃなかった。
―――その瞬間、一線を越える音がした。