深を知る雨

2200.12.16



 《3:30 Cランク寮》


私は随分長い間眠ってしまっていたらしい。目が覚めた時、私より先に起きて半裸のまま煙草を燻らせている小雪の後ろ姿がまず目に入った。それから時計を見て、まだこんな時刻であることを知る。

「……小雪…早いな」

話し掛けたことで私が起きたことに気付いたらしい小雪は、「おはよ」と柔らかい笑顔を向けてくる。こんな一見草食系っぽい男に昨夜噛み付くように抱かれたのだと思うと、下半身にきゅうっとした痛みが走る。

小雪は寝転がる私の髪を撫でながら、くすくす笑った。

「それにしても、ちょっとびっくりしたなぁ。哀、慣れてる感じなんだもん」
「……処女じゃなくて悪かったね」
「別に謝ることじゃないよ。もし哀が処女だったら、罪悪感で死んでた」

友達を抱いたことへの罪悪感に処女も非処女も関係あるのか疑問だけれど、小雪にとってそれは重要な問題らしい。

煙草の匂いが充満する部屋で、小雪はゆっくりした口調で私に問い掛ける。

「聞きたかったんだけど、“千端哀”って本名?」
「……本名じゃない。ごめん」
「哀が何を偽ってたって別に怒らないよ。名前なんて記号に過ぎないし。……でも、1つだけ本当のことを教えてほしい」

一体何を聞かれるのかと思い、ごくりと唾を飲む。

他人から見て何が1番気になるかは大体分かる。何故男の格好をしてまでこの部隊にいるのかだろう。その理由を聞かれるのは当然困るし、それ以外の私に関する個人情報を聞かれるのも困る。必要でなければ自分のことはあまり話したくない。


しかし、

「誕生日いつ?」

小雪は私の予想していたものとは違う質問をしてきた。

「……へ?」
「誕生日。ほら、哀、俺の時は必死な顔してメロンパン買いに行ってくれたじゃん。お返しだけは、したいんだ」

その純粋な気持ちを聞いて、小雪は小雪だと思った。

言う必要がなければ言わないに越したことはない。

だから少し迷った。

でも―――

「……2月20日」

これだけは、本当のことを言った。


小雪の部屋で軽い朝食を取った私は、「起床時間の前に帰りたいから」と言って小雪の部屋を出て、全速力でAランク寮に向かった。

誰かと……小雪以外の誰かといたい。気持ちの整理がしたい。でもこんな時刻だと寝てるかもしれないから、寮の周りをぐるっと回ってみた。

何度かぐるぐる回っているうちに、早起きな楓が寮から出てきて、私を訝しげに見てくる。

「お、おはよう」
「……あんた、こんな時刻に何してんの?」
「いや、ちょっと……誰かと話したかったっていうか。楓はこれからどっか行くの?」
「この辺散歩するだけ。来る?」

朝に散歩か……健康的だな。お言葉に甘えて一緒に歩くことにした私は、楓の隣に並んで歩く。誰かに話すとしたら楓が適任だろうし、ちょうどよかった。

「……ねぇ、恋愛対象じゃない男と性行為する女ってどう思う?」
「何それ、あたしのこと言ってんの?」
「いや、何ていうか、客観的に見てどうなのかなって」
「別に珍しい話でも何でもないでしょ。年頃の女ならセフレの1人や2人いるわよ。あんた20代でしょ?遊び盛りじゃん」

同感だが、つい最近まで小雪と普通の友達関係だった私からしてみれば、小雪をただのセフレの1人としては扱えない。



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