深を知る雨
《4:50 Eランク寮前》
「どこへ行ってらしたんです?」
考え事をしながら遠回りをして寮まで歩いた私を出迎えたのは、予想外にも一也で。
な、何故ここに。
今はまだ隊員達が起きてないからいいかもしれないけど、変装もしてない一也がこんなところにいたら目立つ。
「どこへ行ってらしたんです?こんな時刻まで」
同じ質問を繰り返され、さっきまで忘れていた昨夜のことを生々しく思い出し、パッと答えられなかった。
実は女だってことがバレてちゃっかりヤっちゃいました、なんて言ったら一也はどんな顔をするだろう。私が色んな男とヤることには慣れていても、相手がこの超能力部隊の隊員となると話は別だ。私は女であることを隠すという条件でここにいるのだから、それこそ上層部に働きかけて私を辞めさせようとするかもしれない。
「散歩だよ、散歩。ちょっと前に起きて散歩行ってたの。一也は何でここにいるの?」
だから、嘘を吐いた。
「昨夜いらっしゃらなかったので。傷の具合はどうかと思いまして」
あ、そういえば、また来いって言ってくれてたっけ。怪我のこと心配してわざわざこんな朝からここで待っててくれたんだ。
「あ、それがね、全然痛くなくなってて。私って結構怪我治るの早いみたい」
一晩寝たら痛くなくなったのは本当だ。私はそれを見せ付けるように右肩を回した。
「……そうですか」
「ごめんね、心配かけて。後の処置は1人でできるよ」
一也は何か考え込むようにじっと私を見下ろすが、私はその視線の意味が分からず首を傾げる。こちらを見てくるばかりで何も言わない一也に、さっきから気になっていたことを口にしてみた。
「ねぇ一也、皐月里緒って分かる?」
「……聞いたことはありますが」
「えっほんと!?いつ?どこで?」
「あの事件以来Cランクから移動したAランク隊員でしょう?」
「……んーと、それ以前に会ったこととか、ある?」
「と言いますと?」
「私が子供の時とかに、皐月里緒が私たちと知り合いだった、とかない?」
「ないですね。少なくとも僕は会ったことがありません」
……そうかあ。
歩いてる間に端末で調べた情報じゃ里緒がこの部隊に入隊したのは4年前だし、じゃあほんとに何の繋がりがあるのか……。
「まだAランク隊員と関わりをお持ちで?泰久様に怒られますよ」
里緒の名前を出したことで私が未だAランク隊員と関わっていると察してしまったらしく、そんな警告をされた。
「うん。だから、内緒ね」
「……」
「大丈夫だって!皆がいるとこでは関わってないし。それより、そろそろ戻らないと皆起きるよ。一也と話してるとこ見られる方がまずくない?」
「そうですね。ところで哀様」
哀様と呼ばれたことに少し新鮮味を感じながら、「ん?」と聞き返すと。
「訓練が始まる前に着替えるなりシャワーを浴びるなりした方がいいと思いますよ。少々臭うので」
「えっ……ご、ごめん、臭い?」
「ええ。とても―――他の男に付けられたであろう煙草の臭いがします」
酷く冷たい声音でそれだけ言った一也は、踵を返して軍の施設内移動用の無人自動車に乗って行ってしまった。