深を知る雨
誰かの話
《23:00 川沿い》
それまで治安の良い国として国際的に認められてきた日本帝国の治安は、敗戦後急激に悪化した。
犯罪組織の構成員が増え、非合法的な売買に手を出す一般人も増え、夜は1人で出歩くべきではないとまで言われるようになった。
現在日本にいる犯罪組織の構成員の数については正式な調査がなされていないので事実かどうかは分からない。だが、夜に1人で出歩くべきではないというのは確かだ。
見たくないものを見てしまう可能性がある―――今夜のように。
川沿いの道路に縛られたまま倒された数人の男達は、声を上げることのできない状態だった。
その横には一台の車があり、茶髪の男がそれにもたれ掛かって立っている。
男の纏う空気は甚だ異常だった。
今この光景を他の誰かが見たとして、誰もがこれから何が起こるか分かってしまうほどに。
異様な空気を感じ取っているのは縛られている男たちも同じで、彼らは声を出せないまま戦慄いていた。
彼らは以前ある男を集団で襲おうとした男たちであり、軍を辞めて働いている者が多いが、中にはそればかりでなく家庭を築いている者もいた。
「楽しかったか?束の間の幸せは」
茶髪の男の声は酷く優しい。優しいからこそ恐ろしい。
彼はにやにや笑いながら、乗ってきた車の後部座席にいる男に問い掛ける。
「なぁ、これからどうするよ?お前の好きなようにしてやるぜ」
「―――チンコ切り取ってドブに捨てろ。その後全身バラバラにして写真撮れ」
茶髪の男はその返答に対しぶはっと吹き出し、夜に響く大きな声で笑う。
「お前意外と残忍な人間なんだな」
「そもそもあんたは僕のことを何も知らないだろ」
「冷てぇの」
茶髪の男は可愛い顔に似合わず冷たい声を出す男に対し、面白さすら感じていた。
男は被害者の顔ではなく、復讐者の顔をしている。
その顔の方が似合ってるぜ?と呟き、茶髪の男は“作業”に取り掛かろうとした。
しかしその時、車内にいた男が車から出てきて、茶髪の男の隣に立つ。
そこまで近付かれたのは初めてだったため瞠目する茶髪の男に対し、その男よりいくらか身長の低い男は問う。
「あんた、怖くないのか」
「…あ?」
「殺人が」
「今更だろ。俺は戦争で多くの人間を殺した。戦場で人を殺すのも平和な時に人を殺すのも変わらねぇ。つっても、今が平和かどうかってのは怪しいとこだけどな」
「僕のために何でここまでする?」
「お前と仲良くやれってうるせぇ奴らがいんだよ。誰かは分かるだろ」
「……あぁ」
「つっても、正直どう仲良くなっていいか分かんねぇ。だからこうした」
「こういうことはよくやってるのか」
「まぁな。遊にはこのことバレねぇようにしろよ?楓なんて以ての外だ」
「戦争だけで培ったものじゃないだろ。どうやってこいつらの居場所を突き止めた?」
「質問が多いな、お前」
「素人のできることじゃない」
「まぁ軍に入る前は、人探しくらいよくやってたからなぁ」
「軍に入る前?」
「這いずり回って生きてたんだよ、分かるか」
「………」
「居場所も無ければ金もろくにねぇ。能力を買われてこういう仕事して、ちっとはマシな金額貰える時もあったけどな。俺らにまともな居場所が出来たのは戦争が始まってからだ。能力者の戦闘力が買われる時代になってからだ。戦争が俺達を救ってくれたし、居場所をくれた」
「……居場所ができた今も、こんなことを続けるんだな」
「俺には憎悪が残ってるからな。憎悪は人間をまともに生きさせてくれやしねぇ。お前も今のうちに思う存分復讐しとけ。悔いのねぇようにな」
「―――あぁ。あんたは手を出さなくていい。僕が殺る」
予想外の言葉に茶髪の男は少し意外に思い動きを止めたが、男は躊躇うことなく縛られた男たちを1人1人ゆっくりと追い詰めていく。
茶髪の男はその殺しの手際を見て思った。
―――あぁ、こいつも1度目ではないな、と。