深を知る雨


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午後の訓練、ミーティングを終えて寮に帰ると、いつもの如くミーティング不参加だったあいつが、やはり暴走していた。空中を飛び回る棚や花瓶、テーブルに椅子。強化したはずの窓ガラスにもヒビが割れ、この寮の居間が今にも窓無し部屋と化しそうだ。

薫は外れたドアを盾にして飛んでくる物から身を守っている。


「楓おらんの?」
「残念ながら一晩は帰って来ねぇよ。今日はオフだからな」


そこで、飛んできたコップに頭をぶつけた。痛い。キッチンの奥に座り込んでいる能力の発生源は、俺達を見ようともしない。


「薫ぅ、どうにかせえや。俺物理攻撃とか無理やねんけどー」
「能力で倒したって警戒心煽るだけだろうが。あいつの心読んでうまく距離縮めるとかできねぇの?」
「つってもなぁ…」


  [来るな来るな来るな来るな来るな―――]


能力が途切れる隙を狙って心を読んでも、伝わってくるのは俺達への明確な拒絶だけ。近付いたら反射的に攻撃されることは間違いないだろう。
Aランクの念動力者による攻撃は洒落にならない。


「……今は放っといた方が良さそうやな」


里緒だって暴走したくて暴走してるわけじゃない。意識的に能力を外ではなく内に向けてある程度制御しようとしている。それは自分を攻撃しているということで、こういう時はそのダメージで疲れて倒れるまで待つしかない。


「まぁ、銭湯でも行こや」


俺は薫を誘って一旦外へ出ることにした。



最近は部屋の風呂で済ませる隊員が多いためか、銭湯はほぼ貸し切り状態だった。しかし銭湯ではそう時間を潰せない。出てしまった後で意外と時間が経っていないことに気付いた俺達は、これからどうしようかと迷っていた。

と。


「あれ、昼間の奴じゃね?」


薫が指差した方向を見ると、やや遠くに俺より40㎝以上身長が低いであろう昼間のチビがいた。ほんとに訓練受けてんのかってくらい華奢だ。ほっせーし他のEランク隊員と比べて肩幅がない。

あんなチビが薫にしがみついたんだもんなぁ……どっからそんな勇気が出てきたのか。………耳たぶ柔らかそう、なんて余計なことを考えていると、隣の薫がぽつりと疑問を口にした。


「あいつ今Sランク寮から出て来なかったか?」


確かにこの近くにはSランク寮がある。というかSランク寮から出てきたかどうか以前に、Eランク寮とは距離のあるこんな場所でウロウロしてるのは不自然だ。


「よお。こんな時間に何しとんねん」
「……っ!」


声を掛けるとあからさまにビクリと体を振るわせて勢いよくこちらを振り返るチビは、


「えっと……、…お、大田さんと佐賀さん!」


俺達を見て焦った様子で全然違う名前を口にする。

それにしても見事な慌てっぷりだ。何かまずいことでもしてたのか?少し心を読んでやろうと思って能力を発動させるが、


  [    ]


無音。いつもなら相手の心の声が届くはずが、周りの音が聞こえなくなるだけだった。


何も考えてない……?
いや、それ以前に手応えがない。


  [    ]


もう一度能力を発動させても、チビの心は読めない。チビはこちらが能力を使用していることさえ気付いていない様子だ。意識的に心を閉ざしているわけでもないだろう。


……こいつは、何だ?


チビはうーんうーんと唸った後、結局俺達の名前が正確に思い出せなかったのか謝罪してきた。


「悪い。人の名前覚えんの苦手で…」
「……大神薫。こっちは相模遊」


得体の知れないチビに俺の名前まで教えやがる薫。


「薫と、遊か」


呼び捨てかよ。

妙に馴れ馴れしい底辺・Eランクのチビは、


「お前らこそ何してんだよ?こんな時間に」


話を逸らす為か俺達の格好と髪の具合見りゃ分かるだろってことを聞いてくる。


「銭湯行ってきたんだよ」
「銭湯?何でわざわざ……。Aランク寮にはライオンが胃液を垂れ流す立派な風呂があるって聞いたことあるぞ」
「言い方考えろや」


確かにAランク寮の風呂はローマ風呂のようなデザインだが、循環湯が浴槽に注がれているだけで胃液ではない。胃液風呂の中に入れるかよ。


「それより、お前はここで何しとんねん」


逸らされた話題を元に戻してやったが、チビは今度はさらりと答える。


「散歩。こんな時間誰もいないと思ってたのに、いきなり声掛けられてびっくりしたぜ」
「散歩?夜にか」
「おう。眠れなかったし、今夜は月が綺麗だからさ」


軍人の男から出たとは思えない、まるで少女のような台詞。

“眠れなかった”ねぇ……。Eランクの訓練は毎朝早く、最も体力勝負であると聞く。疲れて眠るのが普通だと思うが。


「そうやったんや~。明日の訓練に支障出んようにしいや。おやすみ」


最後ににこりと笑いかけ、手を振ってその場を去る。


……こんなとこ、あきらかにお散歩コースちゃうやろが。


夜に話し掛けられただけでビビるような奴が、こんな明かりの少ない、Eランク寮からも遠い場所にわざわざ歩いてくるか?


最近隊内の情報が敵国に漏れているという話もある。李下に冠を正さず――疑われたくなければ怪しい行動は控えるべきだ。




チビと距離が開くと、俺は後から付いてきた薫にすぐ話し掛けた。


「薫。あいつのこと、注意して見とけよ」
「…そーいうのは俺達の仕事じゃねぇだろ」
「上層部の連中は、無能力者に売国奴を探させとる。アホやからな。そんなんいつまで経ったって捕まらんわ」


あいつらは能力者を信用しない。能力者への脅えからくる偏見、とでも言うのが的確だろうか。売国奴探しなんて能力者に頼れば一発だろうに、奴らはそれをしない。そのくせ能力者に国を支えてもらおうとする。


―――無能のくせに。

俺は、能力者の賢い使い方すら知らない、馬鹿な無能力者共が嫌いだ。




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