深を知る雨
この軍事施設には大きな庭園がある。初めてこの施設に訪れた人間は珍しがって見に来たりするが、普段はあまり人が来ない。
私も超能力部隊に入ったばかりの頃はよく来ていた。
沢山の緑と池があり、亀に餌をあげることもできる。今は冬だから枯れている草木も多いが、枯れているところに雪が被さり、なかなか綺麗な景色が作り出されていた。
遊が池の見える位置にある椅子に座ったので、その隣に座らせてもらう。
「ここ快適やなぁ。誰もおらんし。食堂はごみごみしとって嫌いや」
そんなことを言いながらひょいと私のサンドイッチを奪い、ぱくりと食べた遊。
「ちょ、返せよオレの昼飯!」
「こんだけあんねんからええやろ、1つくらい。昼食ってないねん」
「自分で買えぇぇ!」
「今度奢ったるから今日は食わせろや。な?」
あっという間に私のサンドイッチを1つ食べ終わった遊は、あろう事かもう1つ取っていきやがった。
言ったな?奢るって言ったな?超高いの買っちゃうぞ?
「……まさか、オレの昼飯奪うために会いに来たのか?話あるとかってのは嘘?」
「あほ、そんなんでわざわざあんなうっさいとこ行くか。話ってのは、里緒と薫のことや。あいつらいつの間にか妙に仲良うなってなぁ」
「薫にちゃんと人と仲良くなる力が備わっていたとは……!」
「あぁ、仲良く言うてもあれやで、ちょっと喋るようになっただけやけどな。んでも距離感が以前までと全然ちゃうわ。2人を取り巻く空気が、こう……似たモンになったって言うたら分かるか?」
「うーん、見てみないと何とも……」
そこまで言って、これじゃ見に行く展開になってしまう、と口を噤んだ。里緒が何故あの名前を知っていたのか分かるまで、Aランク寮に行くわけにはいかない。
「お前、最近来んくなったよな」
思考を読まれたのかと思うほどのタイミングでそんなことを言われ、一瞬何も答えられなかった。
「……最近色々忙しくてさ」
へらっと笑ってみせるが、遊は笑わない。
「俺はお前のことなんも知らんなぁ」
「出会ったばっかなんだから当たり前じゃん」
「それだけじゃないやろ。お前、全然自分のこと喋らんやん」
「えーそんなに自分語りしてほしいのぉぉ?分かった分かった。生まれつき超絶イケメンなオレは子供の頃からモテモテで、周囲のお姉さんや同級生、赤ちゃんまでをも虜にし、中学の頃には既にハーレム状態で……」
「……」
冷めた目で見られてしまったが、遊のこの態度は少しばかり困るから、冗談でも言わないとやってらんない。
私なんていてもいなくても変わらない程度に思われるのが最適な距離なのに、会いに行かなかったら会いに来るし、そのうえ私の情報を知りたがり始めてる。
「……ごめん遊、あんま、オレに興味持たないで」
「できらん相談やな」
「………」
「覚悟しとけ、言うたやろ」
暴こうとしてくる遊にげっそりしてしまう私だが、遊はそんな私など気にせず付け加えて言った。
「単なる好奇心ってのもあるけど、お前への疑いを晴らしたいってのもあんねん」
「……疑い?」
「売国奴がおるんや。軍内部に」
「は?」
それは……聞き捨てならない。この時期に内部に裏切り者がいるのはまずい。とんでもないことだ。命取りになる。
「定期的に外国――イタリィ、大英帝国、新ソビエトに日本帝国軍の機密情報が漏れとる」
これから戦争しそうって国ばかりじゃないか。
「軍の情報が図書館で見れるんは知っとるやろ。超能力部隊の隊員やったら、ランクごとに閲覧できる資料の幅がちゃう……ってのも知っとるよな?」
え、そうなんだ。軍の情報なんてその気になれば別の方法でいくらでも見れるから、わざわざ図書館で調べようと思ったことはない。
「漏れとるんは、Cランク以上の奴にしか見れらん情報や。つまり、」
「つまり……この部隊にいる高レベルの能力者の誰かが売国奴、ってことだな?」
ていうかこんな話、Eランクの私にしちゃだめだと思うんだけど。……いや、だめだと分かってて、それでも尚してきてるのか。私の反応を見て売国奴かどうか探ってるのかもしれない。
「お前はEランクやし、お前じゃないって思うんが普通かもしれん。でもな、それでもお前が得体の知れん奴ってことに変わりはないねん」
「……うん。そうだな」
里緒を助けるために、遊の前では結構なことしちゃったし。
「分かった。ちゃんと説明するよ」
売国奴を探すなら遊の能力は大いに役立つ。遊に協力してもらうためにも、ここで私への疑いは晴らしておいた方がいいだろう。
「オレ、Sランクの2人と幼馴染みなんだ」
「……幼馴染み?」
「正確に言えば東宮泰久と幼馴染み。一ノ宮一也は東宮泰久の護衛だったから、その関係で10年くらい前から知ってる」
嘘というのは真実の中に混ぜ込むと分かりにくくなる。
「里緒を助ける時は、Sランクの2人に連絡して、色々協力してもらったってだけ。あの一件でオレが得体の知れない人間だとか思ってんなら見当違いだ。オレはフツーの隊員だし、売国なんて考えたこともない」
信じてくれ、という思いを込めて遊をじっと見つめると、遊はぼんやり眺めていた植物からこちらへと視線を移した。
「じゃあ、お前が喧嘩強いんもあれか。あんな奴らが幼馴染みやから鍛えられたんか」
「あー…言われてみれば、そうかもな。あの2人と一緒じゃ強くならねーと生き残れねーし」
嘘だ。あの2人が私と殴り合いの喧嘩をしようなんて思うことは今までもこれからもきっとない。
私が喧嘩に強くなったのは、あの人が喧嘩に強かったから。あの人への一方的なライバル意識からほぼ不必要なものを身につけてしまった。
「そーかそーか。で、」
遊は意味ありげに目を細め、私を覗き込む。
「Sランクのお2人さんは、あの時どんな風にFSCC――飛行監視カメラ管理会社を乗っ取ったん?」
「え……それはちょっと、詳しいことはオレにも……」
「あの2人はお前が頼めばすぐ動くんやな」
「オレが頼んだからっていうか、軍の未来に関わることだったから……」
「あの2人は、軍の未来のためなら幼馴染みの頼みで超能力抑制ガスまで仕入れるんやな」
「それはちょうど、訓練で使ったのが残ってたらしくて。Sランクって凄いよな!開発中のものまで使用できるんだもんな!ハハハ!」
「ハハハ、開発中のもんはいくらSランクでも訓練では使わんはずやねんけどなぁ。あとお前、あんときは隊長にもろたて言うとったやろ」
……手汗がやばい。
「まーええわ。そういうことにしといたろ」
遊は含み笑いを浮かべ、何も答えられなくなった私から視線を外すのだった。
……ああ、くそ、用件を聞かずに付いてきたのは間違いだった。だって絶対これ、話したかったことのメインは薫と里緒のことじゃないじゃん。私のこと探るために来たんじゃん。
「…遊ってちょっと、意地悪だよな」
「んなことないわ。優しい方やろ」
「優しい人は人の昼飯奪ったりしねーんだぞ」
遊は私の言葉にふっと笑い、目を瞑る。
結局昼休憩の時間が終わるまで、私たちは並んでそこにいたのだった。