深を知る雨


 《20:00 図書館》遊side


昼間のあいつの説明がどこまで本当かは分からないが、少なくともまだ隠していることがあるのは確実だ。あいつが売国奴じゃないというのは分かっている。

勿論絶対とは言えないし、場合によってはそれも演技という可能性だってあるが、戦争に勝つことしか頭になさそうな発言ばかりするあいつが売国奴とは考えにくい。

……分かっていて疑いを晴らしたいなんてことをわざわざ伝えたのは、そう言えばあいつが疑われたくないと感じて何か話すと思ったから。

しかし、チビの説明は俺には納得のできない胡散臭いものだった。直接聞いても分からないなら、調べるしかない。

チビが来なくなったのは、里緒があいつを見て“優香”と呼んでから。里緒にそれが誰の名前なのか聞こうとも思ったが、考えた結果それは最後の手段ということにした。

あの時の里緒の表情からして、里緒にとって優香という人物が何か重大な意味を持つ存在であることは明らかだ。


俺が踏み入っていい話ではないかもしれない。
……まぁ、それ以前に里緒の問題には踏み入りまくっているのだが。


図書館で調べていくうちに1枚の写真を見つけ、俺は目を見開いた。


―――そこに写っているのは、チビを女装させたような、チビにそっくりの女だった。


写真が撮られたのは、日付からして8年前の戦時中。

軍服を着たその女性は、他の隊員達と並んで立っている。集合写真だろう。

おかしなことに、橘優香についての情報はその写真1枚だけで、他は何も出て来ない。消されたか、Aランクでも閲覧できないレベルの情報なのか。

表示されるその写真に見入っていると、不意に後ろから声を掛けられた。

「調べ物かな、相模遊くん」

―――日本帝国軍総司令官、 紺野芳孝《こんのよしたか》。

楓の父親。

この男は何度会っても慣れない。いつも気配無く現れる。

常に不気味な微笑を浮かべる中年のその男は、普通科の女性軍人に人気と言われるだけあって、目元の皺が目立つ年齢であるにも関わらず妙な雰囲気……というか、妖しい色気を醸している。

既に楓の母親とは別れていて、現在フリーであるのも人気な理由だろう。

楓から“お父さんはお母さんを愛してはいなかった”という話を聞いたことがある。

この男からは、何というか、人の心が感じられない。楓の母親だけでなく、今後誰かを愛することは無いと俺は勝手に予想している。

どちらかと言えば苦手な部類に入る相手だが……今は、ちょうどいい。

「そうなんですよ。あ、紺野司令官はこの写真の“優香”って何しとった人か分かります?」
「さぁ、知らないな」

  [何を調べているのかと思えば、あの女のことか]


悪いが嘘は通用しない。既に能力を発動させている。


「この人って、今何しとるんですか?」
「そもそもその女を知らない」

  [優秀な能力者だった。8年前死んでしまったのは残念だ]


8年前……殉職か?


「ほんなら、この人の能力は?」
「知らないと言っているだろう」

  [忘れもしない、電脳能力者]


8年前の戦争で死んだ、電脳能力者の女。電脳能力については俺もよく知らないが、コンピュータやコンピュータネットワークに関する能力だということだけは分かる。

「そうですか」

俺はにこりと作り笑いをし、写真の画面を閉じた。

「残念ですがここやとこの人に関する情報は何も得られんみたいですね。帰ります」

俺がそう言って部屋を出る時、紺野芳孝はこちらを見ずに言った。

「さっき“読んだ”ことは他言無用だよ、相模遊くん」

……わざと読ませたということか。

やはり苦手だ。あの男には上層部の他の無能力者とは違う空気がある。

出口へ向かうムービング・ウォークの上に立ちながら、俺はさっき自分の端末に送ったあの写真を画面に表示させた。


―――この写真の、8年前に死んでいるはずの女が、チビに見えて仕方がない。


我ながら馬鹿馬鹿しい発想だとは思うが、写真の女性はあまりにチビに似ている。

……何か理由があって死んだふりをしているのか?

そういえば、教えても無いのにいつの間にか連絡先を知られていた、と薫が不満を言っていた時があった。

里緒を助ける時はFSCCを乗っ取って全国の飛行監視カメラ管理していた。

チビが薫の喧嘩に割り込んだ時、人運びロボットが異常な速さで飛んでいった。あれは緊急時にしか出ない速さだ。あの手のロボットはネットワークで繋がっている。電脳能力者なら、ロボットを操ることも可能だろう。

そんな馬鹿な、と思うのに、これまでのことが全て“電脳能力者だから”で説明がつく。電脳能力なんていう授業で習う範囲でもないような珍しいものを持つ能力者がそうそういるとは思えない。

この写真の女とチビの能力が偶然一致するなんて、それこそ確率の低い話ではないか。

チビの持つ能力の全てを聞いたことがあるわけではないが、その中に電脳能力があるとしたら……それは本当にEランクレベルか?

「……確かめてみるのもええかもしれんな」

誰にも聞こえない程度の声で独り言を言った俺は、端末をポケットにしまった。




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