深を知る雨



 《20:30 チャイナタウン》


お茶を飲みながら点心を摘み、取り引きをするのが昔の中国ではよくある話だったらしい。

日本国内のチャイナタウンにある中国風の喫茶店で、私はティエンと待ち合わせしていた。

テーブルにはハリネズミをかたどった像生小刺狷《シアンシェンシャオツチュアン》や、イカの形をした南海章魚《ナンハイチャンイ》などが更に置かれている。

ここは私の知る中で1番信用できる店だ。それぞれの個室におけるプライバシー対策が万全で、誰にも聞かれずに話をすることができる。

小雪には21時半頃行くと伝えておいた。遅い夕食になるが、早めに行っても大抵先に押し倒されるため、結果的にはいつもとそう変わらない。


私より少し遅れてやってきたティエンは、相変わらず愉快な格好をしていた。私に“次会う時はこないだプレゼントしたチャイナドレス着て来てよ”とお願いしてきたのだから、私にもお願いをさせてほしい。“次会う時は人並みのファッションで来てよ”と。

こんな時でもないとなかなか着る機会がないので言う通りチャイナドレスを身に纏って来た私を見たティエンは、顔を綻ばせた。

「うん、うんうんいいねェ。似合ってる。お嫁さんにしちゃいたいなァ」

ティエンに似合ってるって言われると逆に不安になるんだけど……。

席に座ったティエンは、点心を摘みながら問うてくる。

「鈴さ、知ってたのォ?」
「何を?」
「イタリィと大英帝国が同盟結ぶこと」
「何で?」
「タイミングが良すぎんだもん。向こうが同盟結ぶことを先読みして先に中国と水面下で同盟組もうとしたんでしょ」
「まぁ、薄々予想はしてた。こう出るだろうなっていう」

ティエンは私の返答を聞いて面白そうに目を細めながら、運ばれてきた珈琲に練乳を多量に入れた。……東南アジア風?

「うちの軍隊はァ、もう大英帝国への挑発を始めてるよ」
「軍事政権は動きが速いね」
「日本帝国だって今や国会の3分の2が軍人でしょお?」

他愛ない会話をしながら、いよいよ話題はいつ戦争が始まるかというものに移る。

「こっちの予知では、開戦は来年6月」
「まじでェ?こっちの予知では7月なんだけど」

……やっぱ予知能力は当てにならない。

中国にも日本にも、予知能力者を集める組織があり、何人もの予知能力者が出した予知を総合的に見て結果を発表するのだが、予知の技術はまだまだ不確かなものだ。

ちょっとしたことでズレが生じるし、大雑把にしか信用はできない。

「予知では、きっかけは新ソビエト軍の大中華帝国侵攻と、イタリィ軍のフーランス侵攻。どっちが先かは定かじゃない」
「あー、それは同じィ」
「じゃあ、こっちは割と信用できる予知かもね。情勢からしても有り得ない話じゃないし」

6月あるいは7月か。思ってたより時間がある。

「早めに見積もって5月辺りにそっちへ行こうかな」
「ボクは今日からでもいいよん」
「ダメだよ、順を追わなきゃ。まだその時期じゃない」

そうか、5月か。5月で日本ともお別れか。

泰久や一也とも、小雪とも、最近仲良くなった奴らとも。

「……でも、ほんとにいいのかなぁ?外国籍の私がそっち行っても」
「ったり前じゃん?うちの将官達は文句言わないだろうし、文句言うような奴がいてもボクが黙らせるしィ。それに、今更遠慮なんかされても遅いっての。あの座は、鈴のためにもう空けてあるんだから」

中国の軍事力は世界トップクラスだが、超能力戦においてはそうではない。その弱みに付け入られる可能性も考慮して、私は中国で戦うつもりだ。日本には帰らない。その代わり、中国側には日本に資源を送ってもらうが。

日本は泰久や一也に任せる。あの2人を信じてる。

「戦争になった時、私が背中を預けるとしたら、ティエンだから。後ろから噛み付いたりしないでね」
「そんなことするわけないじゃーん。ボクが一度でも鈴に噛み付いたことあったァ?」
「……」

ティエンはふざけた男だが、飼い馴らせば信頼できる相手だ。……多分。

話し終え個室から出たところで、ティエンに電話が掛かってきた。「ちょっとごめん」とどこかへ行くその姿に忙しい仕事人を連想させられ、ティエンも将官なんだなぁとしみじみ思う。

別に1人で帰ってもいいのだが、ティエンが私を送りたいそうなので待っておいた。

帰ったら小雪と晩御飯だ。一也が操ってる人に見つからないようにしなきゃなあ、と過保護な保護者②を面倒に思っていると、廊下を歩いていた数名の男達が私の前で立ち止まる。

おそらくどこかの個室へ向かう客だろうが、やけにじろじろこちらを見てくるので落ち着かない。




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