深を知る雨

2200.12.03



 《12:50 食堂》


今日からCランク隊員は1週間沖縄に行くことになっている。いつもなら小雪と飯を食べるところだが今日は1人だ。

ラーメンをポチッてから端末で予約しておいた自分の席まで歩いていると、―――大きな体にぶつかった。


「うぐっ」


奇妙な声を出してよろける私の二の腕を掴んでこけそうになるのを止めたのは、昨夜会ったばかりの大神薫。


「……またお前か、底辺」


何故か少々嫌そうな顔をされてしまったが、私はそれよりも薫が私服であることが気になった。

そういえば今日はAランク休みだっけ……?ランクごとに休日も違うのだからややこしい。

私は薫の私服を上から下までじろじろ見た後、ダウンジャケットとダメージデニムの色のバランスがなかなかいいことを評価したうえで、感想を述べた。


「8点!」
「彼女の服装を点数化するめんどくさい彼氏かお前は」
「10点満点だから!結構高評価だから!」


私からの高評価などどうでもいいらしい薫は、ポケットから端末を取り出していじり始める。

人と話してる時にそれか。駄目な若者の典型じゃないか、と思ったが、薫は単に私に聞きたいことがあっただけらしく、画面を私に向けてきた。


「お前、俺の連絡先どこで知った?」
「へ?」
「端末に金送ってきただろ。きっちりメロンパンの代金分」


薫が見せつけてくるのは、入金された画面。

匿名で送金したのにバレちゃったか。やっぱりメロンパンの分の金だってバレないように余分に送っとくべきだったかな? でもそんなことしてたら今月のエロ本買えなくなるし……。


「それオレじゃねーよ?」
「はぁ?じゃあ誰だっつうんだ、こんなピッタリ、しかもメロンパン事件の次の日に金送ってくる奴は」
「メロンパン事件って何だよ!メロンパンくれってお願いしただけだろ!?」
「あんなバケモンみてぇな顔で言われたら渡したくねぇもんも渡しちまうわ!顔必死すぎて妖怪かと思ったぞ」
「よ、妖怪!?こんなイケメンに対して妖怪ってどういうことだよ!」
「どこがイケメンだ、女みてぇな顔面しやがって!」
「オレみたいな顔の男だって可愛い系男子としてウケるんだからな!年上のねーちゃんに可愛がられるんだからな!」

『ラーメンガ 届キマシタ』


言い争っているうちに、ロボットがワゴンでラーメンを2つ運んできた。

予約したのはこの辺の席ではないのだが、私がここにずっといるから席をここに変更したのだと判断されたのだろう。こんな簡単に席を変えられるということは、今日はこの辺の席を予約している人がいないということだ。というか、昼時にしては全体的に人が少ない。


「誤作動か?2つも食わねーんだけど」


送られてきたラーメンを1つ戻そうとすると、薫がその手を止める。


「それは俺のだ」
「え、お前もラーメンなの?パクんなよ」
「………」


私の理不尽な言葉を無視して不機嫌そうに座る薫の正面の席に座れば、薫は最初こそ嫌そうな表情をしたものの、結局どっか行けとは言わなかった。それをいいことに話しかけてみる。


「Cランクが沖縄にいるにしても、今日人少なくねぇ?何かあんのか?」
「東宮が久しぶりに公開訓練してるからだろ。皆見に行ってんだよ」
「え?どゆこと?」


何で関係無い人の能力訓練を見に行くんだという意味で聞いたのだが、薫はわざわざ最初から説明してくれた。


「東宮泰久《とうぐうやすひさ》。Sランクの水流操作能力者だ。何年か前に津波を止めたってので英雄扱いされてる」
「へーすげぇな」


知ってるけど。


「Sランクってのは国内でたった5人。そんだけ珍しい奴らの中の1人なんだから注目されて当然だ。普段は海軍の方に行ってて滅多に顔出さねぇし、軍のアイドルみたいなもんなんだよ」


軍の……ッアイドル………ッ!ぶっふぉ!

あの無愛想な泰久にあまりにも似合わない言葉だったので内心吹き出しながらも必死に笑いが表に出ないよう堪える。


「Aランクだって日本に50人程度しかいない偉才だって聞くけど?」
「つってもやっぱSランクはレベルが違ぇよ。AランクとSランクじゃ最大出力の桁が違ぇ。それにあと1つ決定的な違いは……Sランクは高レベルエスパーなのにも関わらず多重能力者だ」


通常、高レベルの能力者は他の能力を持たない。低レベルエスパーなら弱い能力をいくつか持っていることも珍しくないが、Cランク以上の能力を持つ人間が他の能力を持つことはない。普通は。何故Sランクレベルの能力を持つ人間が他の能力にも目覚めるのか、原因はまだ解明されてない。

そんなSランクが5人もいる国は世界的に見ても日本しかないことが、日本が超能力開発において最も進んだ国である証と言える。


「でもAランクもオレから見りゃ十分すげーよ。他の奴らも凄い凄いって言ってんのよく聞くし。あいつらAランク寮のこと“持てる者の館”とか言ってんだぜ?オレも散歩してる時に前通ったことあるけど、確かに立派な建物だよな」


ランクごとに寮の美しさが違うのは、やっぱり低ランクには綺麗な寮を与えるべきじゃないって思われてるからなんだろうか。Eランクの方がAランクより圧倒的に数が多いのに、Aランクの寮の方が広いってどういうことだよ。

少しの不満を覚えながらラーメンを啜る。ズルッ……ズルズルズル…ズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルルズルズルズルルッズルズルッ…。


「もうちょっと静かに食えねぇのか!」


一心不乱に食事をしていると、薫が腹に据えかねたようにテーブルを叩く。


「何だよ!ラーメンって音させて食べるもんだろ!?それが日本人の食い方だろ!?」
「啜り方激しすぎて汁が飛んでんだよ!!殺すぞ!」
「殺すとかいう言葉軽々しく使っちゃいけないんだぞ!死ね!」


そこまで言い合って、お互いぜーはーぜーはー息を整える。

つ、疲れる……こいつといると疲れる……。

それは薫も同じなようで、目の前でチッと大きな舌打ちをされた。


と。ふとその顔が何かを思い付いたように意地悪な笑みを浮かべる。その表情が悪魔のようでぞおおおおっと鳥肌が立った。


「来るか?Aランク寮」
「は?」
「さっき立派な建物だなんだって褒めてたじゃねぇか。来たいだろ」
「ええええええ。でもオレこの後訓練あるし」
「サボれ」
「めちゃくちゃだ!」


こいつ絶対何か企んでる。ボコボコにしようとか考えてる。

でも、よく考えてみたら午後からの訓練は私の嫌いな障害物競争。後で出席確認書き換えとけばいいことだし、一回くらいサボったってバレやしない。


「………ちょっと行ってみようかな」


私が小さく言うと、薫はニヤア……と人を呪えそうな笑顔を浮かべた。

………黒魔術でもやってんの?




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