深を知る雨
2200.12.27
《6:00 訓練所前》
………何でお前なんだ、と、心の底から叫びたかった。
「お好み焼きは大晦日に焼くらしい」
訓練所へ向かう途中の木陰に皐月里緒が立っていて、不意打ちで私にそう伝えてきたのだ。
てっきり薫か楓、もしかしたら遊が伝えに来ると思っていたから、あまりにも予想外な相手に「ひっ」なんていう化け物を見たかのような声を出してしまった。
「そ、そっか。どうもありがとう」
戸惑いながらも返事する私を里緒が凝視してくるので顔を隠したくなったが、里緒は数秒後ぷいっとそっぽを向く。
「……やっぱり人違いか。優香はこんな不細工じゃない」
こんな可愛い顔の男から出てきたとは思えない言葉が入ってきて、耳を疑った。
「…え!?今不細工っつった!?」
「言った」
「酷くね!?」
「僕の方が可愛い」
まさかの可愛さを自覚している発言が飛び出てきたが、その点に関しては反論の余地がないのでぐぬぬっと押し黙る。
でも不細工とまで言われるのは納得がいかない。
「男は可愛さじゃねー!かっこよさだ!よく見ろよ、オレ結構かっこいいだろ!?」
「チッ、何勝手に近付いてきてんだクソ不細工が。僕の半径2m以内に入ってくるな」
一歩踏み出しただけでゴミクズを見るような目で見られた。
里緒って……もしかしてすっっごい口悪い?
でも、そっか。2mか。
「2mまでならいいんだな?」
「は?」
「2m距離開けとけば、男でも平気になったんだ?」
良かった良かった、どうやらAランクの人たちのおかげで里緒は男が平気になってきてるらしい。
「そっかそっか。なら、2mから始めよう!」
「……はぁ?」
「オレ里緒の友達になりたい!とりあえずは名前覚えろよ。千端哀、だから」
「……」
「リピートアフタミー!チハナアイ!」
「死ね」
「何で!?」
そこまで言ってふと時計を見ると、そろそろEランクの午前の訓練が始まる時刻だった。
「オレそろそろ行くわ。またな里緒!」
ぶんぶん手を振りながら訓練所へと走るが、里緒は当然手を振り返してはくれない。
……予定変更。何故優香という名前を知っていたのか里緒に直接聞いてみようかとも思ってたんだけど、あの様子だとこっちが全く知らないふりをしていた方が良さそうだ。
今後の方針が決まったことで少しは気が楽になったと感じていた時。
「意外と大丈夫そうやな」
もうすぐ訓練所というところで今度は遊が立っていて、驚きのあまり滑って転んでしまった。痛い。