深を知る雨



「びっ…くりしたぁ……何でここにいるんだよ」
「里緒が自分から男に会いに行くとかいうから、こっそり見に来たんよ」
「遊って意外と心配性だしお節介だよな」
「お前に言われとうないわ。……それに、それだけやないしな」

目の前で人が転んだのに“大丈夫?”の一言も無いところが遊らしい。この様子だと手を貸してもらえるはずもないので自力で立ち上がる。

「大晦日、お好み焼き食ってそのまま泊まるみたいやん?どうせなら銭湯行けへんかって話になって」

泊まるみたいやん?と言われましても、私はお好み焼きを焼く予定であるとしか聞いてない。こりゃ私のいないところで勝手に話が進んでるんだな。

「あ、もちろん男だけな。女湯はもう使われてないから楓や雪乃の嬢さんは入れらんし」
「……あー……オレは、いいわ」

遊は私の発言に対して間髪入れず問い掛けてくる。

「俺らに裸見せれらん理由でもあるん?」

思わず遊を見上げた。その表情から感情は読み取れない。こういう時私の持つ読心能力のレベルがもっと高ければ良かったのだが、生憎相手の考えが詳細に分かるほどのものではない。

どういう意図の質問か分かりかね次の言葉を選ぶ私を見下げ、遊はにやりと笑う。

「ごっつい入れ墨でもしとったりしてなあ」
「……してねーよ!」

その冗談っぽい空気に内心ほっとしながら、遊を軽く叩いた。

そろそろ本当に訓練が始まる。私は小走りで訓練所へ入り、振り返って遊に言った。

「銭湯については前向きに検討します!」

いざという時のどっちとも取れない言葉である。





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