深を知る雨
《12:30 訓練所》小雪side
Cランクの午前の室内訓練が終わり、まだ訓練が終わっていないであろう哀の元へ行こうと廊下を歩いていると、会いたくなかった相手に出くわした。
できることなら気付かないふりをして通り過ぎたかったものだが、相手とばっちり目が合ってしまったので今更それはできない。
「……珍しいですね。紺野司令官が超能力部隊の方に顔を見せるなんて」
窓の近くの壁に体を預けてこちらに視線を向けてくる紺野芳孝にそう声を掛ける。
紺野芳孝はにやりと嫌な笑い方をした。
「あぁ。少し、気になることがあってね。最近、羽瀬君が面白いことをやっているそうじゃないか。Sランクの2人に指示を出させているとか」
羽瀬、というのは超能力部隊隊長の苗字だ。確かに最近A、B、Cランクの合同訓練が多く、指示はSランクの東宮泰久が出してきている。どうせ合同訓練をするならEランクと一緒がいい。ちょっとした休憩時間にも哀と話せるし。
「なぁ小雪くん。それは本当に彼のアイデアだと思うかい?」
「羽瀬隊長以外に誰が考えると言うのですか」
俺の素っ気ない返しが余程面白いらしく意味ありげに笑みを深めた紺野芳孝は、正直どうでもいいことを話してくる。
「いやね?意外だと思っているんだよ。能力を失ったことで自尊心を失った羽瀬君にとって、自分の指示で多くの能力者が動くことは残された僅かな自信を維持するためにも必要だったはずだろう?その立場を手放そうとしていることが不思議でならない。どういう心境の変化か気にならないか」
「……特に」
「“誰かが”羽瀬君を動かしたのだと僕は考えている。それが誰かは分からないがね。なぁ小雪くん、心当たりはないかい」
「さぁ」
「嗚呼……君はそんなことには興味が無かったのだったね、すまない」
何が面白いのかククッと喉を鳴らした紺野芳孝を無視して前へ進む俺に、紺野司令官は心から楽しげな声を出す。
「君が興味を持っているのは―――あれのことだけだったね」
思わず足を止めた。
「あんな秘密を抱えている限り、君は永遠に僕の駒だ。それを忘れるな」
振り向くと、紺野芳孝は俺の進行方向とは反対へと既に歩き出していて。その背中を無性に蹴り飛ばしたくなった。
……っのクソサド野郎が。
司令官になっても変わらない―――昔のままの、クズだ。