深を知る雨


 《23:00 Sランク寮》


ここ数日、Sランク寮には顔を出していなかった。

あんなこと言っちゃったしちょっと気まずいな、なんて思いながら久しぶりにやって来た私に、泰久は真っ先にこんなことを言ってきた。

「大晦日、どこか行きたいところはあるか?」

居間に入ると待ち構えていたかのように横から現れて、すぐ私の前に立ち聞いてきたのだ。

「……はい?」
「どこでも連れてってやる。一也がお前は欲求不満なんだと言っていた。そのことについて考えていたんだが、お前は軍に入ってからろくに外に出ていない。20代の女にあるまじき事だ。遊び足りないから欲求不満なんだろう」
「……」

余計なことを……とじろりと一也を睨むが、一也は素知らぬ顔で立っている。

おそらく一也は私が性的な面で欲求不満であることを伝えたのだろうが、幸い泰久はその手のことに関して鈍感だ。

私が色んな男と身体の関係を持っているなんて考えもしていないだろう。

「ごめん、大晦日は用事あって」
「……用事?」

ぴくり、と泰久の眉が動く。不可解だと言わんばかりに。

「友達と年越しするんだよね。だから大晦日は無理だと思う」

泰久は変な顔をした。

そういえば、子供の頃から大晦日は毎年泰久たちと過ごしていた気がする。私が他の人と年を越そうとするのは初めてかもしれない。

近くに立つ一也がぷっと珍しく吹き出した。

「そんな顔をせずとも。親離れというやつですよ、泰久様。彼女も若い女性なのですから、ご友人の1人や2人と年を越すのもいいではありませんか」
「いや、しかし……友達というのは例の男のことではないのか?男と2人で年を越すなど、」
「私も合わせて7人だから!女の子もいるし!」

めんどくさい保護者モードを発動される前に話題を変えなければ。

「えーっと……誘ってくれたのは嬉しいよ。別の日だったら行きたいとこあるし」
「どこだ?」
「イタリィ」
「……は?」

泰久が眉を寄せて困惑した声を出した。

それもそのはず。イタリィとの国交は以前の戦争からずっと正常化されていない。個人的交通も含めて国交断絶状態だ。気軽に旅行なんていけるわけがない。

「大丈夫大丈夫!瞬間移動輸送場のチェックなんて私の能力でどうにでもなっちゃうし」

瞬間移動輸送とは、超能力を利用した、これまで以上に世界の時間距離を縮める公共用移動手段。日本からヨーロッパへ行くにもそう時間は掛からない。

「身分と国籍を偽造すると?」
「うん」

明るく笑顔で答えると、泰久は子供に苦労させられる親のような表情で眉間を押さえる。

かと思えば、横から一也が口を挟んできた。

「あなたの能力もヨーロッパまで行くと精度が落ちるのでは?」
「その辺は隊長に言えばだいじょーぶ」

日本帝国軍は国内外からのサイバー攻撃を防衛する組織を、半年前事実上解体した。隊長が超能力部隊にいる能力者を使って防衛すると上に言い出したことがきっかけで、軍事費の削減に繋がるとして褒めたたえられていたが、隊長自身はその分私に頼る結果となってしまい、私に脅される材料を増やした。

超能力抑制ガスを要求したあの日から隊長は私に怯えて解体した組織を緊急時は機能するよう作り直していたため、私が頼めばそっちを機能させてくれるはずだ。

「ね、いいよね?普段はなかなか行けない場所に行きたいの。アジアのどっか他の国の国籍にしてさー」
「無理だ。アジア人は見分けにくいと言うが、瞬間移動輸送場の警備の人間なら何人かは一目で分かる」

瞬間移動輸送場の警備員は私たちがゲートを潜って入国したところに立っていて、怪しい人間がいないかじろじろ見てる。

わざわざ泰久たちに言い出したのはこれがあるからだ。イタリィの様子を見に行きたいけど、私1人じゃ厳しい。

「一也に催眠能力使ってもらえばいいじゃん」
「僕まで犯罪者にする気ですか、あなたは」

呆れた声を出す一也だが、ここで諦める私ではない。

泰久の方に向き直り、我が儘を言う。

「泰久、どこでも連れてってやるって言ったじゃん」
「……」
「イタリィがだめなら行きたいとこない」
「……」
「イタリィがだめなら欲求不満で死んじゃう」
「………分かった。行こう。ただし危険だと判断したらすぐ帰るぞ」
「やったー!」

なんだかんだ、この保護者たちは私に弱いのだ。



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