深を知る雨

 《18:00 Aランク寮》


薫、遊、里緒、楓、小雪、雪乃、そして私。変な組み合わせのお好み焼きパーティーが始まった。中には初対面の人同士もいるからどうなることかと心配していたが……楓のおかげ、いや、楓のせいで、そんなことを心配する暇は無くなってしまった。

「ちょ、楓、入れすぎ!」
「あ……悪いわね、ちょっと傾きが急すぎたみたい」

楓はなんというか……聞いていた通り不器用なのだ。力加減を間違えているとでも言うべきか。料理が下手とかではない。力加減さえ間違えなければいい。しかしそれができていない。

「こ、ここはオレがやるよ。楓は青海苔取ってきて」
「そう?じゃあ、任せるわ」

青海苔くらいロボットに取りに行かせればいいのだが、楓を少しの間でもここから離すためにわざわざ頼んだ。テーブルをいくつも合わせた上に、大きいサイズのホットプレートがどーんと乗っている。

そのホットプレートの端の方で、薫と遊、里緒がお好み焼きを焼いてる。小雪は私の隣にいて、私の正面に雪乃が控えめに立っている。

小雪と雪乃はここへ来てから一度も会話をしていない。それどころか、目を合わせてすらいない。

何か気まずいなぁ……と小雪と雪乃をバレない程度に交互に見ていた時、端にいる薫と里緒の会話が聞こえてきた。

「マヨネーズねぇのかよ。お好み焼きにはマヨネーズねぇと駄目だろ」
「ソースあるんだからいいだろ」
「俺にはソースとマヨネーズの両方が必要なんだよ」

薫がお好み焼きをひっくり返しながらマヨネーズを要求している。里緒もそれにちゃんと返事してる。そのうえ、里緒と薫の距離は近い。確実に2m以内に入ってる。

「狡い!狡いぞ!」
「あ?何だ底辺、こっち見てねぇで目の前のお好み焼きに集中しろ」
「だって狡い!薫も遊も里緒の2m以内に入ってる!」

私もそれくらい仲良くなりたい、という意味で言ったのだが、里緒はゴミクズを見るかのような目を向けてきた。

「そんなに僕に近付きたいのか?この変態」
「折角男が平気になってきたところやのに、あんな野獣に近付けたらまた戻ってまうで。どうする?薫。あの変態」
「絶対に里緒に近付けさせねぇようにしねぇとな。何するか分かんねぇ、あの変態は」

変態変態うるさいんですけど!

私が言い返す前に、小雪が3人を睨んだ。

「変態なのは哀の個性なんだから、文句言わないでくれる?」
「フォローになってないぞ小雪」
「哀は変態だけど、人の嫌がる変態行為はしないよ」
「フォローになってないぞ小雪」

小雪にまで変態であることを認められてしまった。

「そーいやお前、前に俺を瞬間移動させやがったよなぁ」

薫がふとお好み焼きを作る手を止めて、にやりと喧嘩モードの時の笑い方をする。

お、おいおい……ここで喧嘩はやめてくれよ。小雪に怪我されたくないし……って、もう怪我してるんだっけ。

あれ?そういえば、瞬間移動の失敗でした怪我ってもう治ったのかな。小雪の裸は結構な頻度で見ているが、いつの間にか包帯が外れていた。

「だから何?急に休憩所に入ってきて五月蝿くする方が悪いんでしょ」
「あぁん?“休憩所では静かにしろ”なんてルールねぇだろ」
「ルール以前に俺がムカついたの。折角哀とゆっくりしてたのに」
「そんなにこの底辺といたいのかよ。付き合ってんのか?お前ら」
「付き合ってはないけど、哀は素敵な人だと思うよ」

薫のからかい口調での問い掛けに真顔で答える小雪。里緒が脅えるように遊の後ろに隠れる。

「……お前、男が好きなのか?てめぇの好みはどうでもいいが、ここでそういう話はやめろよ。里緒がビビんだろうが」
「別にお前らには興味ない。自意識過剰なんじゃない?」

小雪の言葉に青筋を立てる薫。ピキッという効果音が聞こえてきそうだった。

そこで楓が青海苔を取って戻ってきた。お好み焼きを裏返そうとしていた私を見て、目を輝かせる。……嫌な予感。

「もうそこまでいったのね!裏返してもいい?」
「え、ちょ、待て待て待て待て待て待って楓」

私の抵抗も空しく、楓はするりと私の手からヘラを奪う。目だけで薫と遊に助けを求めるが、2人は目頭を押さえて黙るばかり。

楓のことは私に丸投げかよぉ!うまいこと言って止めてくれよ、楓のことはお前らの方がよく知ってんだろ!?


と。

楓が手を滑らせたせいで熱いヘラが凄い速さでこちらへ飛んできた。

「きゃあっ!」
「気持ち悪ぃ声出すな」

咄嗟に出てしまった“女”の悲鳴に対し、薫が冷めた声で言う。

き、気持ち悪いっておま……!仮にも若々しい女の悲鳴になんてことを!

何とかヘラは避けたが、バランスを保てず後ろに倒れていく私の体。衝撃を覚悟した時、私の体を誰かがふわりと受け止めた。その匂いは、ベッドの中で散々嗅いだ匂い。

「小雪…。ありがとう」
「もー。気を付けなよ?」

くすくす笑いながら私を立たせてくれる小雪はこの中の男で1番優しいと思う。

でも、気を付けるべきは楓じゃないですかね。

「ごめん哀。大丈夫!?」

心配して駆け寄ってきた楓は、私に怪我がないことを確認すると、ほっとした様子でヘラを拾う。

初めて名前で呼ばれたことに妙な感動を覚えた。楓と仲良くなれてるのかな、私。ぐへへ。


何とか全員分のお好み焼きを焼き終えた私たちは、ホットプレートを保温モードにして食事を始めた。

「……うまい」

最初に感想を述べたのは、意外にも里緒だった。

「里緒!それオレが焼いたやつだぞ!褒めて!」
「一緒につくってるんだから、味は誰が焼こうが大体同じだろ」
「ぐぬっ」

全然デレてくんない!ツンツンしやがって、ちょっとは優しくしてくれたっていいのに。

「そういえば薫、あれはまだなの?」

お好み焼きにソースをかけながら、楓が隣の薫の腰を肘で攻撃する。

「あれって何だよ?」
「ハグよ、ハグ。里緒とハグするんでしょ」
「……どういうことだ?楓」

里緒は何も聞かされていないらしく、眉を寄せて楓を見る。

「薫が里緒と仲良くなった証にハグしたいらしいのよ」
「したいとは言ってねぇだろ!」
「…意味が分からない」

どちらも抱擁を交わしたくはないようだ。

しかし里緒を見てみると、薫にハグされるかもしれない流れであるにも関わらず脅えはしていないし逃げ出す様子もない。

積極的にしたくはないが絶対に嫌というわけでもない…そんな感じだ。

「ごちゃごちゃ言ってないでやりなさいよ」

どん!と楓が薫を突き飛ばす。さすがの薫も予想していなかったのか楓の力に負けて里緒の方に倒れ込む。

一瞬、一瞬だけハグするような形になったが――それもやはり一瞬だけで、今度は里緒が薫を押して自分から離す。

その勢いで薫は楓の方に倒れ込み、楓が「重いのよ!」と怒鳴る。


その時、くすくすと控えめな笑い声が聞こえてきた。

雪乃の笑い方は小雪の笑い方と少し似ていることを知る。

「楽しいですね」

天使の微笑みだった。

こんなん惚れない男いないよ。この場にいる奴らが楓の虜にさえなってなければ、確実に今の微笑みで全員落ちてる。

「戦争が終わった後も……またこんな風に、7人で食事ができれば、幸福です」

……やめてよ、寂しくなるじゃん。


―――こうして笑い合えるのは、今だけなんだから。


「俺は嫌だよ」

無表情のままそう言ったのは、小雪だった。

「……え」
「“今度”があったとして。雪乃が来るなら、俺は来ない。こんなことは一度きりだ」

妹に対し冷たく言い放つ小雪に、場が静まり返る。

雪乃が酷く傷付いているのが、表情から分かる。

そんな言い方ないだろ、と小雪に注意しようとしたが、その前に小雪が立ち上がった。

「……ごめん。俺、帰るね」

そう言う小雪を引き止めようとして―――やめた。

小雪が物凄く、今まで見たことないくらい、辛そうな顔をしていたから。


部屋を出ていく小雪の背中を見て、その後雪乃の表情を見て、間違っていたと思った。

兄妹だから話させたいとか、そんなの私の勝手な希望で、この2人は別に話したいなんて思っていなかったのだ。無理をさせてしまった。

「……」

2人に悲しい顔をさせるために呼んだんじゃないのに。




その後の食卓ではあまり会話が交わされなかった。黙々と食事をしたせいかお好み焼きはすぐに無くなってしまい、後片付けの時間に入る。

ロボットにホットプレートや食器洗いを任せ、水を飲みたくなった私と薫はキッチンへ向かった。

……なーんか、嫌な空気になっちゃったなぁ。

この後の銭湯でまた楽しい空気に戻るといいけど。

コップに水を入れながら、ふと隣にいる薫に気になったことを聞いてみることにした。

「なぁ、ちょっと聞いていい?」
「あ?」
「薫と里緒さ、何があったんだ?」

残りの人たちは居間にいるから、余程大きな声を出さないと聞こえないだろう。

「何かさ、こう……普通の感じじゃない。“共犯者”って感じ」

一瞬。ほんの一瞬、薫の目に動揺の色が見えた。


―――それで全てが、分かってしまった。


「…………あぁ、そっか」
「―――…」
「ほんとに殺っちゃったんだ」

薫は、以前言っていたことを実行に移してしまったのだ。

それに里緒は乗ってしまったのだ。

「……楓には、言うな」
「分かってるよ。ぐちぐち言ったって奪った命は戻ってこないだろ」

私は水を一気に飲み干し、コップを置く。

「余計なお世話かもしれねーけどさ。そういうこと、もうあんますんなよ」
「関係ねぇだろ、お前には」
「無いけど。薫、いつも、苦しそうじゃん」
「……は?」
「ストレスって、溜まってても気付かねー時あるだろ。自分じゃ平気だって思ってても平気じゃねーんだよ。……楓に心配させたくねーなら、自分を大事にしろ」

それだけ言ってキッチンを出ようとした私に、薫が一言。

「随分頭のキレる底辺だな」

その声音には、何か面白がっているような雰囲気がある。

「今、初めてお前自身に興味湧いたわ」

キッチンの自動ドアが閉まる直前―――振り返った先に一瞬見えたのは、悪魔のような笑みを浮かべた薫だった。




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