深を知る雨


出口の扉を開け、体を拭きながら着替えを置いてある場所まで小走りで行くと―――既に着替えた様子の遊が、不意に私の前に立ちはだかる。

「何をそんなに急いどるん?」

元に戻るまであと3分。時間がない。

「い、いや、ちょっとのぼせちゃって、」
「ああ、せやろなぁ。顔色悪いわ。そこの椅子座っときぃ」

出口とは反対方向にある椅子を指差され、 優しい言葉を掛けられてるはずなのに恐怖を感じた。

「……遊さ」
「うん?」
「何か……企んでる?」

じわじわと、しかし確実に私を追い詰めるように近付いてくる遊は―――目をギラギラ光らせながら笑みを深めた。

「何を企んどると思うん?」

ひ、ひええええええ。怖い怖い超怖い!

………こうなったら。

「おおっと目眩がァ!!」
「ぐふっ、」

転ぶ振りをして思いっきりタックルし、よろける遊の脇と腕の間から逃げ出した。

このまま銭湯を出て、ロボット使って逃げてしまえばこっちの勝ちだ。

そう思って全速力で走り出したのだが、

「―――上等やコラ」

後ろから遊の低い声が聞こえてきて、背中に鳥肌が立つ。

「うわあああああああああ何で付いて来るのぉぉおおおおおおお」
「お前がいらんことするからやろが!」
「ごめんなさいごめんなさいタックルしたのは謝りますぅうう」
「じゃあ止まれや!タオル一枚で何走り回っとんねん!」
「追い掛けてこないでぇえええええ!怖い怖い怖い!」
「人を化けモンみたいに言うとるんちゃうぞ!」

出口付近まで走った私は、あとちょっとというところで遊に捕まり、首と左手首をガッシリ掴まれて壁に押し付けられた。

走りすぎたせいでタオルがどっか行ってしまった。ぶら下がってるものが丸見えだ。

は、早く。早く逃げなきゃ。あと何分?やばい、時計確認してない。

こうなったら―――泣き落としだ。

柄にもなくぼろぼろ泣く私を、遊は呆れたように見据える。

「うっ…うえっ…ぐすっ……ううう…」
「……何泣いとんねん」
「だ、だって、遊、怖、……うっ…ううう……」

遊はチッと舌打ちし、私の首から手を離す。よし。

「分かった、分かったから泣くなや。ちょおいじめすぎた」

……そう思ってんなら手首も離せよぉ!マジでボッコボコにして逃げるしかなくなるぞ?いいのか?



と、次の瞬間、

「そのカッコで泣かれたら興奮するんやけど」

するりと遊の手が後頭部に回り、少し強引に引き寄せられ―――私の唇と遊の唇が重なった。

驚きすぎて涙が引っ込み、そこで嘘泣きは終了する。

「え、え、ちょ、何今の」
「すまん。やってもうた」
「やってもうた、じゃないよ!?え、何!?遊って男もイケるの!?そうなの!?」
「阿保、自分の姿見てみぃや」

手首を拘束されたまま下に視線を向けると―――ぶら下がっていたものが無くなっていた。

思わず叫びそうになったが、何事かと他の隊員にこちらへ来られても困るので、頑張って口を閉じる。

え、えええええ!?こんなあっさり戻るもんなの!?もっとこう、前触れみたいなのがあってもいいんじゃないの!?戻った感覚全くなかったよ!?

絶句する私に遊は自分の着ていたTシャツを着せ、はあ、と大きく溜め息を吐いた。溜め息吐きたいのはこっちだし、遊のサイズだとぶっかぶかなんですけど……。

「いやー、ほんまに女やったとは」
「追っ掛け回してまで確かめるとかサイテー!裸見られたし!」
「ほんまに遠慮せんのやったらお前が女ちゃうかって疑った時点で身包み剥いどる。感謝せえや、優しい方やろ」
「……」

どうすればいいんだ。楓の場合、Aランクの皆を大事にする気持ちが強いことは分かるから、それを利用して脅しておけば私の秘密をバラさないって思ってそのままにしている。小雪の場合、私の性別を話す相手がいないだろうってことや、今まで友達だった好で黙っててくれるだろうっていう信用もあって、野放しにしてる。

でも遊はどうだろうか。多少の脅しで操れるような男ではない気がするし、薫やら里緒やらにあっさりバラす危険性がある。

「それにしてもすっぽりやな。ほんまチビ」

遊の上の服だけで太股辺りまで隠れることについてそう言われ蹴り飛ばしたくなった。何私の小ささに感心してるんだ、こっちは今後どうしようか決めかねて大変だってのに。

私は壁に背中を預け、腕を組んで遊を見上げた。

「最初に聞くけど。誰にも言わないでってお願いしたら聞いてくれる?」
「さぁ。それはお前次第やな」
「……いい性格してるね。何が望み?」
「お前が隠しとること、全部吐け」
「隠してること?女だってこと以外に何か必要?」
「お前が何者かってことや」
「その質問って無意味じゃない?遊は私の心読めないでしょ。だから私の言ってることが嘘か本当か分からないよね」
「……」
「私が何を言っても、きっと気になることが増えるだけだよ」

頼む遊、脅しに屈してくれ。

遊に何かしたら楓が黙っていないと思う。遊をどうにかするなら同時に楓もどうにかしなきゃならない。1度に2人は、重荷になる。

「私はまだ、女だってことバレるわけにはいかない。だから、遊が今後少しでもこのことを他者に漏らす素振りを見せたら―――その時は、遊や遊の大切な人を殺しちゃうよ。どんな手を使ってでも」

険しい表情で私を見下ろす遊から視線を外し、その横を通り過ぎる。

「私のこと探るのはこれくらいにしてね。服貸してくれてありがとう。着替え脱衣所に置いたままだから取ってくる」

―――これで3人目だ、性別がバレたのは。

これ以上は抱えきれない。

今後は遊の端末に侵入して遊の発言を録音しておこう。バラされたらその時はいくらAランク能力者といえど容赦しない。

トイレで自分の服に着替えた私は、薫たちが上がってくる前に遊が貸してくれた服を返した。

私と遊の間に流れる妙な空気から何かあったと薫たちに勘付かれても困るから、先にAランク寮に戻ると伝え、1人で帰った。




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