深を知る雨


 《20:50 Aランク寮》楓side


雪乃と2人で寮のお風呂に入った後、真っ暗な窓の外を眺めながらホットミルクを飲む。

今頃あいつらは銭湯か。銭湯なんて随分行っていない。あたしも行きたかった。……なんて考えているとドタドタ音がして、「ただいま!」と勢いよく哀が入ってきた。

「いい湯だったよ!雪乃や楓とも入りたかった!」
「えっ……」

哀が男だと信じている雪乃からしたら爆弾発言だろう。物凄く戸惑っている。

ここは哀のためにも雪乃のためにも、話を変えてやらなければ。

「雪乃って、お兄さんと仲悪かったのね」

雪乃に血の繋がった兄がいることは知っていたが、その人がこの超能力部隊にいることも、雪乃がその兄と仲が悪いことも知らなかった。

雪乃の兄なら仲良くしたいとは思ったけれど……そういう雰囲気にはなれなかったわね。

「雪乃、ごめんな。小雪誘ったのオレなんだ。仲悪いのかもとは思ってたけど、あんな感じだとは想像してなくて……」

哀が暗い表情で謝罪すると、雪乃は小さく首を振った。

「……仲が悪い、というわけでもないんです。少なくとも私は、嫌いだとは思ってませんし。……昔は仲が良かったんですよ。互いの親に内緒でこっそり会って、楽しい話をしたりして」

あたしは一人っ子だからよく分からないけれど、兄妹には成長するにつれて疎遠になるパターンがある、と、周りを見ていて思う。

「…兄様は……私の秘密に、薄々気付いてしまっているのかもしれません。だから私を嫌悪するのかもしれません」

ぽつりとそれだけ言って雪乃は立ち上がり、家事担当のロボットに飲み終えたホットミルクのカップを渡した。

……秘密って何?

「そろそろ帰りますね。おやすみなさい」

泊まっていけばいいのに、一体どこへ帰ると言うのだろう。今日はオフらしいし、Sランク寮に行く必要はない。

となると、お父さんのところか。お父さんは雪乃が20を過ぎた今でも雪乃とよく会っているみたいだ。

下手したら実の娘であるあたしより頻繁に顔を合わせていると思う。



雪乃が寮を出て行った後、哀が急速にあたしと距離を詰めた。

「遊にバレた!」

……ああ、だからみんなより先に帰ってきたのか。

「そう…。まぁ相手が遊じゃ仕方ないわよ。あいつ1度気になったことに関してはしつこいし」
「どうしよう!?黙っててくれるかなぁ!?」
「遊は口もちんこも堅いから大丈夫よ、多分」
「……も、もっかい言って」
「え?」
「楓の口から下品な言葉が出ると興奮する」
「首絞めるわよ」
「うぃっす」

そうか、遊にバレたか。あいつ哀のことは結構前から気にしてたし、いずれこうなるかもとは思っていた。

あの遊に弱み握られるなんて、大変ね哀も。

「あいつらが帰ってくる前に今日は寝ちゃいなさい。薫たちの前では普通にしとくように、あたしから遊に言っとくから」
「ほんと!?」
「ほんとほんと」

……それがお互いのためでしょ、きっと。

遊には言っておかなければならない。哀は怖いわよ、と。おもしろ半分で余計なことをしたら本当に何をされるか分からないわよ、と。

余程頼りになると思われてるのか、あたしの言葉に安心しきったかのようにソファに寝転がり布団に包まる哀。寝付きがいいらしく、すぐに寝息が聞こえてくる。


その姿を見て思う。――この女性は何者なのだろう。


あたしにはこの小さな身体が、何か強大な力を持っているように感じられて仕方がない。

きっとこの人は、自分が何者かなんて教えてはくれないのだろうけど。





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