深を知る雨
《4:10 Aランク寮》
年が明けました。最悪の気分です。
私の寝ていたソファとテーブルを挟んで反対側にあるソファには里緒が眠っている。寝顔可愛いから写真を撮りたいけど勝手に撮ったら殺されそう。
薫は床でガーガー鼾をかいてる。寝相悪すぎだし腹見えてるし……豪快というかなんというか。
早起きな楓は散歩へ出掛けているらしく、既にいない。
上半身を起こすと、相変わらず部屋でなく居間で着替えている遊と目が合った。遊は何が目的か知らないがこちらへと歩いてくる。逃げたいがここで大きな音を出してソファから飛び降りれば里緒たちが起きる。
どうしようか考えているうちに肉体美がかなり近くまで来ていて、思わずすっと目を逸らした。
しかし。
「何目ぇ逸らしとんねん」
ガッと頬を掴まれて強制的に顔を遊の方へと向けさせられる。
「い、いや、遊着替え中なんだから当然の反応というか」
「そんなん気にする必要ないやろ。“男同士”やねんから」
……笑顔が黒いって、こういうことを言うんだナー。
遊の目に嗜虐的な色を感じられて、口元が引き攣る。
こええよ。遊めっちゃこええよ。
「楓も知っとったんやなぁ」
「まぁ、そっすね、ハイ」
「楓のこともあんな風に脅したわけか」
「…そーいう話すんなら、外行こうぜ。いつ薫と里緒が起きるか分かんねーし」
どうやら一応薫たちに隠してくれる気はあるらしく、チッと舌打ちして手を離した遊は、服のボタンを留め始める。
楓が上手く言ってくれたんだろう。遊も、やっぱ好きな子からのお願いには弱いんだな。
私も着替えるためにトイレへ向かった。今日はどのランクもお休みだからゆっくりできる。久しぶりの私服に着替えながら、そういえば小雪はあれからどうしたんだろうと思った。
帰って1人で寝たのかな。
昨日の雪乃の話を聞いていて思ったけど、あの2人はお互い何か隠し事をしていて、そのせいですれ違っているような気がする。
小雪の様子見に行きたいけど……遊のことも気になるんだよなぁ。優先順位を間違えちゃいけない。今は何より遊をどうにかしなくては。
張り切ってトイレから出ると、待っていたようで、前の廊下に遊が立ってた。女が用を足し終えるまですぐ外で待ってるって何かエロくない?
「飯行くで、飯。奢ったるわ」
「…え…でも……」
「そんな気ぃ遣うなや。裸見合うた仲やろが」
「間違いではないけど語弊があるよね」
ていうか、行くって言い方するってことは外食だよな。訓練所の食堂は朝は機能してないし、軍の施設外に行くってこと?
「はよ外出許可取れ」
遊に促されて端末を使い外出許可を取った私は、何だか遊のペースに飲み込まれているような気がして溜め息を吐いた。
「後で小雪の部屋行くつもりだったんだけどな……」
「小雪って、昨日来とった澤家の兄ちゃんの方か」
「そーそー。無理に来させちゃったの私だからさ、謝りたいんだよね。兄妹同士仲良くさせたいってのも私の勝手な希望だったし」
「まぁ、せやな。あの兄妹は、離しといた方がお互いのためやろな」
「は?……もしかして、勝手に小雪たちの心読んだの?」
「俺がよう知らん相手の心読もうとせんわけないやろ」
プライバシーもクソもねーな!
遊が一体何を知ったのか私は聞いちゃいけないけど、正直気になりはする。ただ兄妹仲が悪いだけなら放っておくが、2人共お互いの存在に苦しんでるように見えたのだ。
「気になるけど深入りはできへんって思っとるやろ」
私の心を読めるはずがないのに適確に言い当ててくる遊を見上げた。私はそんなに顔に出てるんだろうか。
「何であんだけ仲悪そうなんか知りたいんやろ?あいつらのことが心配なんやろ。でも自分のされたくないことをしたくない、ってところか。お前は探られたがらんもんな」
初めてAランク寮へ行った時、遊の心情を言い当てた時があったが、私に負けず劣らず遊も私の気持ちをなかなか言い当ててる。
「ちょっとくらい聞いてみてもええんちゃうの。友達なんやろ。気になるんやったら、関わっていけや」
「……………遊って、」
「あ?」
「オカンみたい……」
「……」
泰久と一也がオトンだとしたら、遊は友達関係についてのアドバイスをくれるオカンポジだよ。オカンとオトンが揃っちゃったよ。オトンが2人でオカンが1人ってどんな複雑なご家庭?
駄目だ、男2人と女1人が家にいる様子を想像しただけでまず二穴責めが思い浮かぶ私って汚れてるわ……って、おい。何してんの遊。
いつの間にか急接近していた遊の唇が昨日と同じく私の唇に触れ、暫くそのままいたかと思えば、あっさりと離れていく。
「……おっま、これ2回目だよ?乙女の唇を2回も奪うってどういうこと?遊ってキス魔なの?」
「なんかムカついた」
「なんかって……楓に見られたら誤解されるよ?嫌でしょ?」
というか薫や里緒が見ても誤解するわ。別の意味で。
「楓はちゅー如きでなんも思わんわ。…にしても、ほんま柔らかいのう。柔らかいんは耳たぶだけちゃうんか」
唇の柔らかさなんて誰でも一緒だろうと思うのだが、遊は確かめるように再び唇を近付けてくる。
おーいおいおいおい。飯行くんじゃないんですか。
寸前でさっと避けるが、それが気に入らなかったらしく、今度は頭を固定されたうえでキスされた。しかも触れるだけなのだから理解できない。
「……やっぱキス魔だよね」
「あ?」
「なんでもなーい」
触れるだけだというのに飽きないらしく何度も続けられる遊の謎行動を半ば諦めた形で受け入れた私は、結局その行為が終わるまで黙っていた。