深を知る雨
《7:00 軍施設内》遊side
会計を済ませた後も千代さんの世間話を聞かされ、随分長い間たなべれすとらんにいることになった。
昔の日本はこうだったとかいう昔話をチビは目を輝かせながら聞いていたが、俺としては何十回も聞かされた話なので聞き流すしかない。
1時間ほど経ってようやく軍の施設に戻ることができた。
「千代さんいい人だね……あの白髪と色気のあるシワがそそる」と俺には理解できない性癖をあっさりと晒すチビは、満足そうな笑顔を浮かべて俺の隣を歩いている。
「遊遊、ねえねえねえねえ」
「あ?」
「また行こうね、たなべれすとらん!胃袋掴まれちゃった」
見下ろした先にある無防備な笑顔に、すぐには言葉を返せなかった。俺に探られて嫌そうにしていたにも関わらずまた行こうと言う。
……変な奴。
「機会があればな」
「あーっそれ行かないフラグじゃん!」
「別に行かんとは言ってないやろ。つーかお前、今朝から思とったけど――」
顔色悪ないか?と続けようとしたところで、チビがびたーん!!と床にうつぶせに倒れ込んだ。
「…………おい、何やっとんねん」
躓いたのかと思って手を貸さずに聞くが、チビの返事はない。仕方なく屈んでチビの肩を揺らすと、服越しにも伝わる熱さにこちらが驚かされた。
こいつ相当な熱ちゃうんか。
運ばなければとチビの腕を掴んだ時、
「―――何をしてる」
怒気を孕んだ声音が――妙な威圧感が、俺の動きを止めた。
そこにいたのは。
「…東宮…泰久…」
水流操作能力者、東宮泰久。最近は合同訓練で顔を合わせることが多くなった、日本帝国に5人しかいないSランク能力者の1人。
その東宮が険しい表情で俺を退かせ、―――チビを抱き上げた。
「いつこうなった?」
「は?」
「いつから体調が悪かったのかと聞いている」
思い返してみると顔色が悪いだけでなく、今朝から動きが微妙に鈍かったような気がする。
「……今朝、からや」
「なら何故すぐに休ませなかった?」
東宮の質問に俺は答えられなかった。
こいつなら大丈夫だと思った―――そうだ、俺は無意識にこいつの力を過信していた。こいつだって人間だというのに。
何も答えない俺から視線を外し、チビを抱えたまま歩き出す。
「Aランクの相模遊だったな」
「……あぁ」
「もうこいつに関わるな。こいつがお前らに関わろうとしたとしても拒め。迷惑だ」
吐き捨てるように言われたが、それには納得できない。
「何でお前にそんなん言われなあかんねん」
体調の悪さを見逃しただけで、そんな風に言われる筋合いはない。
「俺が何しようと俺の勝手やろ。そいつが誰と仲良くしようとそいつの勝手や。いくら幼馴染やからって、お前にこいつの友人関係まで口出す筋合いは――」
「そんなことを言うくらいなら、俺が口を出さなければならない状態にするな!」
―――東宮が怒鳴った。あの、いつもすかした顔をしている東宮が、声を荒げた。
「こいつは無理をする。自分を制御できない壊れた機械だ。誰かが止めてやらなきゃならない。こいつの傍にいるつもりだったなら、それくらい分かっていなくてはいけなかったな」
それだけ言って俺に背を向けた東宮から感じられたのは、チビへの底知れない庇護欲だった。