深を知る雨


 《10:30 Sランク寮》


目が覚めると、点滴をされていた。灌注器の中にある液の独特の色からして、おそらく能力抑制剤だろう。

体が熱い。怠い。……ああ、性別転換ドリンクの影響か。誰が点滴なんか……私は日本を守らなくちゃいけないのに。

注射針を抜こうとした手を、誰かに止められた。視線だけを動かしてその手の主を見上げると泰久だった。

「体調が良くなるまで能力を使うな」
「……でも、私この能力を使い続ける約束でこの部隊に入ったんだよ。下手したら辞めさせられる…」
「上には俺が報告してある。暫くは組織が機能するはずだ」

手首に感じる泰久の手が冷たくて気持ちいい。

そう、そっか。じゃあ暫く休んでいいんだ。安心して目を瞑ろうとした私の手首を、泰久が先程より僅かに強い力で握った。

「高熱がある。原因は何だ?」
「……風邪だよ、きっと」

女だってバレそうになって日本では販売されてない飲み物を飲みました!なんて言えない。

「本当にそれだけか?」
「……うん」
「俺の目を見て答えろ」
「……風邪だってば」

視界に入った泰久は、険しい表情をしている。

「あまりこういうことを続けるようなら、軍隊を辞めさせる」
「……まだ反対してるの?私が超能力部隊にいること」
「お前が超能力部隊にいることどころか、軍隊に入っていること自体気に食わない」
「……」
「この時代に軍人になることがどれほどの意味を持つのか、戦争を経験していないお前には分からないだろう。人を殺す。仲間を殺される。死と生の間をさ迷う。それが日常になる」
「……だから、何…?」

そうだよ。私は泰久や一也みたいに前線で戦ったことなんてないし、戦争で死にかけた経験も無い。軍人として戦争に参加することがどういうことかなんて知らない。

だけど、それでもこの戦争に勝ちたいんだ。

「私の能力が戦争に役立つことは分かり切ってる。それを使うことが悪いことだって言うの?」
「……もう、あの男のことは忘れろ。憎悪は自分を苦しませるだけだ」

―――泰久は何も知らない。あの男が憎くて、私が敵国に復讐しようとしてると思ってる。

でも違う。私の秘密を泰久は知らない。私が誰かを憎んでいるとするならば、相手はあの男じゃない。

―――私が憎んでいるのは私自身だ。

「泰久には関係ない」
「……、」
「私が何をしようとほっといてよ!」
「放っておけるわけがないだろう。お前に何かあったら、俺は――」
「ッそういうこと、言うからじゃん!もっと好きになっちゃうじゃん!泰久の馬鹿!天然たらし!こんな風にされたらちょっとは大切にされてるって勘違いしちゃうでしょ!?」
「…誤解させたなら悪い」
「あーあームカつく!その返事もムカつく!」
「…ただ」

何でもない表情で、いつもと同じ声のトーンで、恥ずかしくも何ともないって態度で、

「大切なのは事実だ」

泰久は全てを持っていく。

「……~~~っ、そういうとこだよ!?分かってんの!?」
「うん?」

“うん?”じゃないよ!何きょとんとしてんの!?

ああもう、いっそ憎らしい。

「………………………体調管理には、気をつける」

なんだかんだ、私は泰久には弱い。

「あぁ。そうしてくれ」

ほっとしたように微笑む泰久なんて、この部隊じゃきっと一也や私くらいしか見たことがないと思う。

泰久のこういうふとした瞬間に見せる表情にいちいちドキドキする自分が馬鹿みたいだ。ていうかこれ泰久のベッドだよね。泰久が毎日寝てるベッドだよね。ちょ、収まれ私の心臓。

「何か欲しいものはあるか?持ってくるが」
「…紅茶。泰久の入れた紅茶が飲みたい」
「分かった。ちょうど買ってある」
「泰久好き。大好き」
「悪いがお前の気持ちには、」
「分かってるし!そーいう意味で言ったんじゃないし!今の好きはお礼のニュアンスだし!」
「お礼……何だ、そういうことか。お前は礼の代わりに好きと言うのか」

今までのも日頃の礼だったんだな、と言いたげな口ぶりに、思わず何か投げ付けたくなった。

駄目だ伝わってねえ!この鈍感男には私の好意が伝わってねえ!

「……“何でも完璧にこなすあいつはかっこいい。でも、できないなりに頑張ってるお前も、俺はかっこいいと思う”」
「何だ?それは」
「泰久が私に言ってくれた言葉だよ。私、この一言で泰久のこと好きになった」
「……」
「努力することやめちゃおうって思った時も、泰久のこの言葉思い出して頑張ってた」
「……いつの話だ?」

ずーっと前。それこそ10年は経ってると思うけど、そんなに長く想っていることを伝えたら、泰久は困るだろうから微笑むだけにしておいた。

「私はほんとに泰久が好きなんだよ。真剣だよ。応えてほしいなんて思ってないけど、知っててほしい」
「……分かった」
「ほんとに分かってる!?」
「お前は俺が好きなんだな?」
「…う、うん」

泰久本人に確かめられて何だか気恥ずかしく下を向いた私を見て、泰久が笑う気配がした。

「おかしな奴だ」

何故かその一言だけで心臓がきゅうっとして、駄目だ泰久といると余計体調が悪くなると思い再び寝転がる。

しかし、次の泰久の言葉でまた起き上がることになってしまった。

「昨夜はAランク寮で泊まったらしいな」
「えっ、な、何でそれを」
「一也から聞いた」

あの野郎、やっぱ見張りを付けてやがったか!




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