深を知る雨


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―――初めてやってきたAランク寮。

私が薫に連れられて居間に入った途端、そこにいた遊は不機嫌そうに笑顔を消した。


「何連れてきてんねん」


私の背後にいる薫に目を向けて少し低い声で言った遊だが、薫は気にしない様子でソファに座る。

正直、Aランク寮の立派な造りよりも遊の格好に衝撃を受けた。

10点だ……! 何だこの私服お洒落男子は。どんな格好が自分に似合うかを熟知してるんじゃなかろうか。ていうか長い。足が長い。とにかく長い。


「気になってたんだけど、遊が使ってるのって京言葉?」
「なんやいきなり…これは方言や。神戸育ちやからな。言語形成期の途中でこっち来たけど、まだ抜けらんわ」
「マジで?神戸って有名な能力者育成所があるとこじゃね?そこから来たのか?」


“能力者育成所”という単語を出した途端、遊の眉がぴくりと動いた。


「―――あんなんクズの溜まり場やで」


氷のように冷たい声音で返され、思わず黙り込んでしまう。

おおっと……地雷踏んだか?


その時。


「……お客さん?」


後ろで女性特有の声がして、振り返るとそこには茶髪ショートカットの、私と同い年くらいの女性が立っていた。

瞬時に頭の先から爪先まで見る。女性にしては高身長だ。服がピチピチのため体のラインが丸分かり。形のいい胸と尻、それに続く太股……うん、露出してないにも関わらずエロスを感じます。どちらかといえば幼い顔のためよりその体のセクシーさが際立っている。

こ、これは…なかなか…。


「見すぎだろ…」


薫が呆れたように言ってきたことで私の思考は現実に戻り、聞くべきところを聞く。


「女はこの部隊に入っちゃ駄目なんじゃなかったのか?」
「お前、知らないのか?Bランク以上に知り合いいねぇの?まぁ、そりゃそうか。底辺のEランク如きに構う奴はいねぇよな」


うるせぇ。


「楓は隊の人間じゃねぇ。Bランク以上の部隊には女が1人ずつ送られる。隊員の性欲を発散させるためだ」
「は!?……ってことは、この子はAランク全員の夜のお相手をしてるってことか?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあお前らは同じ穴を共有……」
「下品な表現するんじゃねぇ!」


薫に叩かれてしまったが共有してるのは事実だろう。Bランク以上にはそんなシステムがあるなんて羨ましい。私も可愛い子とイチャイチャしたい。


「オレ、千端哀。よろしくな」


私が自己紹介すると、楓は品定めするかのようにじーっと私を見つめた。

あ~~久しぶりに見る女の子だ。目の保養だな。睫毛整ってる、かわいい。

数秒私を見つめた後、楓はその薄紅色の唇をゆっくりと開き――


「ぶっさ」


その口から出たとは思えないような言葉を吐き出した。


「……へ?」
「超ブサイク。あたしブサイクな男と仲良くなる趣味ないから、近付いて来ないでよね」
「だはははははは!言われちまったな!」


薫が笑い転げているが、私にとっては笑えた話ではない。そ、そんな……。


「超女顔じゃん。一部の女にはウケそうだけど、あたしは全然好みじゃない。あたしはもっと鼻が高い男が好きなの」


鼻低くてすみません。

顔面を馬鹿にされショックを受けたが、美人を手に入れるためにはメンタルが強くなくてはいけない。何度振られても諦めない精神、それが大事だと思います。

気を取り直して、普通の質問からしていこう。


「つーか、そんな役割どうやって決めてんだ?表で募集したら問題になりそうじゃね?」
「大抵軍と深く関わってる家から連れて来てるの。あたしみたいに総司令官の娘だったり、Sランクの雪乃嬢みたいに軍に多くの資金を提供してる家の娘だったりね。勿論本人の意思がないと通らない話だけど」


それを聞いて、Sランクにもそういう役割の女性が通っていることを初めて知ってずきりと胸が痛んだ。そんなの私は知らない。

定期的にSランクの寮を訪れているのに会ったことはないし、もしかして、私に知られたくなくて隠してるんだろうか。私を汚したがらない泰久の考えそうなことだ。

………私はもう、泰久の知らないところで汚れきってるってのにね。 


「お前、楓のこと好きになんなよ」
「…へ?」


考え事をしていた私に、薫がそう注意した。


「そーそー。ちょっと楓の身体見すぎやで?楓が汚れるわ」


私の視線にそんな威力が!?

失礼なことを言ってくる遊を見上げると、遊は私ではなく楓の方を見ていた。そっちだって見てんじゃん!?

と。そこでその視線が私に向けられるものと違い優しいものであることに気付く。薫の方を見ると、薫も同じような目で楓を見ていた。

こいつらもしかして、いや確実に楓のこと……。


「……青春だな~、お前ら」


にやけを抑えきれていない私が何に気付いたのか気付いてしまったらしい薫と遊は、ぎろりと睨みつけてくる。


「だいじょーぶだって、お前らの気持ちは本人には言わないでいてやるからさ!大好きなんだろ?なぁ、大好きなんだろ?お?お?」
「蹴り飛ばすで、ほんま」
「おー怖い怖い」


小声でからかう私だが、遊が笑顔ながらもマジでこっちを殺してきそうなブラックオーラを出してきたので思わず黙った。


「そーだそーだ。お前にはやってもらいてぇことがあんだよ」


薫も薫でまたあの悪魔のような笑みを浮かべて私の襟を掴み、ずるずると引き摺るようにしてどこかへ連れて行く。



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