深を知る雨
2200.01.03
《7:00 Cランク寮》
熱が出てから数日後。平熱に戻った私に、泰久は「イタリィに行くぞ」と言い出した。
EランクとSランクの休みが重なるなんてことはなかなか無いし、今なら組織が機能しているから私は能力を使わなくていい。
思っていたより早いが、確かに行くなら今日が1番いいだろう。
でもその前に行きたいところがあり、先にそちらへ行くため出発は昼過ぎにすると言って久しぶりにSランク寮を出た。
向かったのは小雪の部屋だ。
「久しぶり!」
「…久しぶり。ここ数日来なかったから怒ってるのかと思ってた」
どこかほっとしたような表情をした小雪は、すぐに私を部屋に入れてくれた。
「……小雪こそ怒ってるんじゃないの?」
「え?何で?」
「無理矢理雪乃と会わせようとしたし……」
「最終的な選択をしたのは俺だから、哀は気にしなくていい。俺こそ、自分で行くって言ったのに途中で帰ってごめん」
優しく返してくれる小雪に感謝しながら中に入ると、テーブルには食べかけの朝食が置かれていた。どうやら食事中にお邪魔してしまったらしい。
そうだよね!休みの日なんだし普通はこれくらいにご飯食べるよね!私の周りの人間の起床時刻が早いだけだよね。
小雪の席の向かい側に座り、頬杖を付いてじーっと小雪を見つめる。
……踏み込むべきか、否か。
遊の言う通り、ちょっとくらいは聞いてみるべきなのか。
私が踏み込んだとして、小雪は家族の問題に私を関わらせてくれるんだろうか。
それに―――どうせ踏み込んだとしても、5月には小雪を置いて中国へ行く。今だけの関係の相手の事情に踏み込んでいいのだろうか……いや、だからこそ踏み込むべきなのか。
「見られてたら食べにくいんだけど」
小雪はクスクス笑いながらコップの水を飲んだ。からん、と氷同士がぶつかる音がする。
5月が来ればさようなら。私がいなくなった後、小雪のことを気にかけてくれる人はいるんだろうか。小雪が苦しい時、小雪の話を聞いてあげられる人はいるんだろうか。……私が聞いてあげられるとすれば、今しかない。
意を決して小雪の顔を見た。
そして―――口を開く前に、気付いてしまったのだ。
小雪が私のどこを見ているのか。
私と目を合わせることのない小雪が、今までどこを見ていたのか。
……ああ、そうか。だから小雪はあの時謝ったんだ。
ごめんね、と。利用してごめんね、と。
あれは夢ではなかった。
小雪の秘密が詰まった箱の鍵を私は今手に入れてしまった。