深を知る雨



 《1:30 ウ゛ェネツィア》


イタリィに到着すると、私は人通りの多い道を選び、頃合いを見計らって泰久たちから距離を置いた。わざとはぐれたのだ。

あの保護者2人がいると自由に動き回れないし、東アジア人ぽい顔の人間が3人も固まってると属目されかねない。

イタリィの人間が東アジアと聞いて今思い浮かぶのは、今にも戦争しそうな相手国……大韓帝国や日本帝国、大中華帝国だろうからね。

 〈今どこだ。位置情報送れ。迎えに行くから動くな〉

私が電話に出ないからか、泰久からのメッセージが一件来ていた。

 〈ごめん、1人で行きたいとこがあるからほっといて。11時にサンタ・ルチア駅集合ね〉

それだけ送って、端末の電源を切る。

今回ここへ来たのはもちろん観光目的じゃない。イタリィの様子を探るためだ。

ここはアドリア海に浮かぶ、かつて地中海随一の海洋国家だった街。真夜中だというのに明るい。観光地としても有名で、私までつい本来の目的を忘れて事あるごとに立ち止まってしまう。その度「観光目的じゃない、観光目的じゃない……」と自分に言い聞かせて首を横に振った。

まずは街の人に直接国内の様子を聞いてみるかな。時間の空いてそうな人をきょろきょろ探し回っていると、途中で声を掛けられた。

「こんなところで異国の天使に会えるなんて、おれはツイてるなあ。これからどう?お茶しない?」
「は、はぁ…遠慮しときます」
「あれえ?イタリィ語分かるんだあ」

明るい茶色の髪に栗色の瞳。左目の方に泣きぼくろがある。おそらく20歳ほどの男だ。先程までにも何度か道行く男性に声を掛けられたが、この男は何だかこれまでの男とは違う気がした。

身に纏う空気感というか――うまく言えないけれど、何かが違う。

声を掛けてくる男に聞き込みをするのもいいのだが、どうも私はイタリィ人男性の口説き文句が肌に合わない。こう、痒くなるというか照れ臭いというか。

会釈をして通り過ぎようとしたが、前方に立たれ行く手を阻まれる。

「鍛えた体してるねえ。スポーツでもやってるのお?」
「え?」
「筋肉の付き方が、ね。―――軍人の知り合いと似てるなあ」

……この男、私服だけどよく見たら拳銃隠し持ってんじゃん。

―――オウ゛ラか。

テロリストや敵国のスパイ等の取り締まりを行っている、戦後改めて組織されたイタリィの秘密警察。どうりで素人っぽくないわけだ。面倒なのに目ぇ付けられちゃったな。

「よく分かりましたね。最近筋トレしてるんですよ」
「へえ、確かに筋肉のある女性って素敵だよねえ」
「でしょう?ムキムキになりたいんです。では」

中途半端なところで会話を切ってもう一度通り過ぎようとした私の横腹に何かが当たった。

―――油断した。スタンガンだ。

おそらく能力者だろうから手を出してくるにしろ能力を使うと思ったのに。

咄嗟に対応できず、そこで思考は途切れた。




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