深を知る雨



 ◆



目が覚めると、両手に手錠を掛けられ椅子に座らされていた。デスクを挟んで向かいにいるのは、先程の親切な男性。

「もう目が覚めたのお?早いねえ」

先程よりは幾分か冷たい目をしているが、口元には薄く笑みを浮かべている。

目だけを動かして周囲を見回すが、部屋には殆ど何も無い。1つのデスクと2つの椅子、正面に座る男の後ろ側にドア、光が入ってきているのでおそらく私の後ろには窓がある。時計もないからどれだけ気を失っていたか分からない。

「いけない子だなあ。日本人なのにイタリィに入国するなんて。女の子とはいえ、どうなっても文句言えないよお?」

再びゆっくり見上げると、男は聞いてもいないのに話し始めた。

「日本帝国にいるSランク能力者は、5人。5人揃えばそのたった5人だけで、合衆国や新ソビエト、大中華帝国といった軍事大国の軍隊に匹敵する力を発揮すると言われてる」
「……」
「イタリィの瞬間移動輸送場のゲートは、通り過ぎるだけで入国者の能力レベルを測定する仕組みになっててねえ。今回おれが出向いたのは、“能力レベル測定不能”の人間が3人いたからなんだよねえ」

イタリィは超能力開発において周りのヨーロッパ諸国より遅れており、敵国の超能力者が入国したとして対処する術が、おそらく殆どない。それ故に、怪しい能力者が通ればすぐにオウ゛ラに連絡がいくことになっているのかもしれない。

「測定不能になった前例がなくてね。こちらとしてもよく分かんないんだけどお、考えられるのは……君らの能力が強すぎてAランクまでしか判断できないあのゲートじゃランク付けできないってことかもしれない、ってことなんだよねえ」
「……」
「君と一緒に来た残りの2人はNo.2の一ノ宮一也とNo.4の東宮泰久、とこちらは推測している。5人揃えば脅威になるSランクのうちの2人が入国してきたんだから、これはチャンス以外の何物でもないよねえ。今のうちに2人殺しておけば、残りは3人になる。しかもその3人は軍人じゃないから戦争には参加しない。日本帝国の軍事力の多くを削ることに繋がると思わない?」
「……」
「日本帝国軍に所属するSランクは2人。でも―――そうなると君は何者かなあ?軍人だがSランクではない。なら何故能力を測定できない?」
「どこでSランクの2人の名前を?」
「質問をしているのはこっちだ、答えろ」
「そう簡単に答えると思う?そっちが先に言えば」
「状況を考えて物を言えよ」
「じゃあ状況を考えた質問をするね!イタリィのエロビデオってどんな感じなの?」
「……」

私の舐めくさった態度が気に入らないのか、男は分かりやすく怖い顔になった。

イタリィ人の男性と2人きりで話ができるという状況では、まさしくこの質問をするのが正解だと思うのだが、違ったかな?

それにしても一般の日本人ですら知らないSランク能力者の本名が知られているとは……もしかして、例の内通者からの情報かな?はは、参ったなぁ、ダダ漏れじゃん。

情報じゃなくて糞尿を垂れ流してろよ、裏切り者が。

ふと、目の前に私の持っていた端末を投げ捨てるかのように置かれた。

「君とは話にならないみたいだねえ。もういいよ、それでお仲間の2人を呼んでくれるう?」
「え、」

いいんすか、と喜びかけて、いやそれはまずいと考え直す。

あの2人がこちらへやってきて能力を使えば敵にSランク能力者の能力の種類を知られる可能性がある。

……いや、名前も知られてるくらいだから能力も主なものは知られてんのかな?あーもー難しい。考えんの苦手なんだよね。

最近の端末は指紋認証と網膜認証とパスワードが必要で、本人以外が画面に触れればすぐ閉じる仕組みになっているから、本人以外が操作することは難しい。

一旦手錠を外され、端末でメッセージを送るよう促される。仕方なく位置情報付きのメッセージを入力して、男に内容を見せてから送信した。

 〈オウ゛ラに捕まっちゃった。コワイヨー助けて(((( ;゚Д゚)))〉

イタリィ語のままだけど、泰久なら分かるだろう。もし分かんない部分あっても翻訳機能使えばいいし。

「顔文字かあ、余裕あるねえ」
「あ、日本の顔文字分かるんだ?確かこっちの顔文字って縦じゃなく横に見るんじゃなかったっけ?……ていうか、こんだけふざけてるんだから殴られるか蹴られるかするかと思ったんだけどなぁ」
「女の子にそんなことするわけないじゃあん?余程調子に乗り出したら快楽で足腰ガクガクさせちゃうけどお」

イタリィ人とはヤったことないし興味はあるけど、今そんなことを始めたら後で一也に怒られそうだから遠慮したい。



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